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はないたちの夜page4 カーニバル

1 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/07/01(日) 23:57:25 ID:???
   5.俺とポンコと昨日の話



「そりゃナンパだって思われても仕方ないだろ」

来々々々軒での初バイトもとい初お手伝い&ハナちゃんとの出会いから
一夜明けて翌日の朝、今は1時間目の授業が始まる前。

机に腰掛け、上履きを履いたまま椅子に足を乗っけて周囲にお行儀の悪さを
アピールしているのはポンコだ。

ポンコについて。
晴刷市立三井銅鑼中学3年C組在籍。つまり俺のクラスメイト。
ルックスは俺に及ばないにしても、まぁそこそこイケメンだろう。
俺には及ばないけど。去年チョコを4つ貰ったらしいが嘘に決まってる。
きっと自分で用意したんだろう。だって俺ですら貰ってないのに。

自分で切ったという左右非対称な前髪は本人曰く「校則という大人達の作った
ルールへのささやかなレジスタンス」らしいが、俺からすれば校則に反しない
ギリギリを狙っただけとしか思えないし「どう? なかなかロックだろ」と
斜め45度の角度から誇示られてもまともな審美眼を持っている俺に言わせれば
どうみてもちょっと冒険しすぎた鬼太郎にしか見えない。
が、俺はそんなことは言わない。言ってあげない。

2 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/07/01(日) 23:58:32 ID:???
「大体なぁ、ポンコ。お前がガセネタ掴ませたのが悪い」
「あ? なんで俺のせいだよ。つうか別にガセではなかったろ」

悪びれた様子もないポンコをひと睨みして俺は昨日のことを思い出す。


昨日はほんと大変だったんだ。
このアホにさわりだけ聞かしてやろうか。

と思ったらチャイムが鳴った。
仕方ないので続きはまた後で。

3 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/07/02(月) 00:00:44 ID:???
   6.僕と下僕とナッパとホウキ



「あんたを殺れば俺の名前も上がるってもんだぜ」

どこに隠し持っていたのか、スキンヘッドの男が金槌を片手に
じりじりと距離を詰めてくる。

「おっとお前一人の手柄にゃさせねぇぜ」

モヒカンの男はスキンヘッドの男に負けじとノコギリを取り出した(どこから?)。

しかし何故、金槌とノコギリなのか。
彼らが大工さんに憧れているのか、それとも過去、工務店に勤務していた経験が
あるのか定かではないが、釘を打ち込まれたり適当な寸法で切られたりしては
建築基準法に反するので僕はやっぱりノワの背に隠れていることにした。

「ノワ、さっさと片付けろ」

敵が武器(のようなもの)を手にして迫ってきているというのにノワは
バイクから降りる気配がなかったので、僕はノワの背中を叩いた。

「ふっ……大丈夫だ。お前は夕食のメニューでも考えていればいい」

だからハンバーグが食べたいと言ってるだろうが。
こいつはなにをかっこつけているのか。
これでやられたら指差して笑ってやる。

4 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/07/02(月) 00:04:12 ID:???
「隙あり! もらったァー!」

先に攻撃を仕掛けてきたのはスキンヘッドの男だった。
ノワが僕に気をとられた一瞬の隙を衝いて宙高く(30cmぐらい)跳び上がり、
金槌をノワの脳天に向かって振り下ろす。ノワ死んだな。

惜しい下僕を亡くしたと少しだけ残念に思いながら僕は深く俯いた。
脳漿が顔にかかったら汚いからだ。被ってて良かったヘルメット。

しかしノワも調子こいてるだけあって中々どうして大した奴だった。
ノワの脳天に打ち下ろされたはずの金槌は僕の鼻先をかすめてバイクの
座席シートに勢いよく突き刺さる。イリュージョン。ノワが消えた。

「なっ!?」

スキンヘッドの男は愕然とした表情でノワがいたはずの空間に視線を彷徨わせていた。
やがて泳いでいた視点が定まり、僕と目が合う。こんにちは。
ところで頭に何か乗ってますよ。

「う、上だ!」

モヒカンの男がスキンヘッドの男の頭上を指差してスキンヘッドの男……
どうでもいいけどスキンヘッドの男、モヒカンの男、というのは長ったらしいので
便宜を図る為にスキンヘッドの男を『ナッパ』と名付けよう。
モヒカンは『ホウキ』でいい。

ホウキはナッパの頭上を指差して叫んだ。

5 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/07/02(月) 00:07:09 ID:???
「きさま……!」

ようやく何が起こったのか理解したらしい。
ナッパは青筋を立ててぷるぷる震えていた。
ていうか重くないのだろうか。

「ふん……」

ナッパの頭上で傲然屹立と腕組みをしているのは我が下僕ノワだった。
シュールな画だ。

街中でハゲに佇む下僕かな。

思わず秋の一句が浮かんだ。季語はハゲ。物寂しい様子から。


「てめぇ! 降りやがれ!」

ナッパが頭上に向かってわめき散らす。
人生80年どころか100年超といわれるこの時代だが、どれだけ長く生きても
自分の頭の上に乗ってる人に怒るハゲをお目にかかる事はこの先ないだろう。

「うおおお!」

ナッパは、金槌を振り上げて、振り下ろした。自分の頭に。

避けられるケースを想定していなかったのか、ナッパはものすごい勢いで
自分の脳天を凹ませ、ものすごい勢いで脳天から血を噴き出して倒れた。

6 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/07/02(月) 00:09:24 ID:???
絶妙のタイミングで金槌をひらりとかわしてナッパの頭から飛び降りたノワは
着地と同時にホウキに足払いキックを繰り出すがホウキは「くっ」とバランスを
崩しつつもなんとかキックをかわしてノコギリの柄を両手で持ち剣道でいうところの
上段の構えに移行しつつまだ地面にしゃがみこんでいるノワの一歩手前に踏み込んだかと
思うと一片の迷いもなく迅速果断にノワに斬りかかったがガヘーンと奇妙な音がした
だけでノワの断末魔的な声は辺りに響かなかったそれもそのはずノワは間一髪のところで
ノコギリをかわしたのだガヘーンという音はノコギリの刃が地面を打ちつけた時に
ぐにゃりと折れ曲がった為に発生した音だったのかと僕が理解した時にはもう
勝負はついていた何故なら地面に打ちつけられたノコギリの刃が折れて跳ね返り
ホウキの眉間に刺さったからだ。

ホウキはものすごい勢いで眉間から血を噴き出して倒れた。


「雑魚め」

血だらけで地面に伏しているナッパとホウキを見下ろしながら、
ノワは「話にならんな」と口元を歪めた。お前なにもしてないじゃないか。

「こいつらは一体何なんだ?」
「座玖屋ファミリーというこの街の……待て、場所を変えよう」

ノワが辺りを見回して先ほどのコントの背景にある事情の説明を中断したのは
僕達を囲むようにして人だかりが出来ていたからだ。当たり前だ。
そのうち警察も来るだろう。駅前だしね。

7 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/07/02(月) 00:11:28 ID:???
「よし、じゃあまずはハンバーグだ」

僕は金槌で殴られて凹んだ座席シートを叩いてノワを急かした。

「あぁ」

ノワがバイクに跨りエンジンをかける。
バイクは今度こそ止まらず走り出した。止めようとする邪魔者もいなかった。
ぐったりして動かないナッパと、ぴくぴく痙攣しているホウキの間を
バイクが通り抜ける。
ふと後ろを振り返ると、人垣の中にさっきの中学生の顔が見えた。

まだいたのか。帰れよ。

8 : ◆K.tai/y5Gg :2007/07/02(月) 00:25:16 ID:???
おらよっと

9 : ◆K.tai/y5Gg :2007/07/02(月) 00:35:27 ID:???
にしてもハゲ好きやなあこの人

10 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/07/02(月) 23:41:27 ID:???
   7.俺とミサとサユと昨日の話



「ねーねージェノ、昨日ナンパしてその女の人の彼氏に殺されかけたってほんと?」

1時間目の授業の後、俺の所にやって来るなりテンション高めに
いきなり訳のわからん質問をしてきたのはミサだ。

ミサについて。
晴刷市立三井銅鑼中学3年C組在籍。はい、俺のクラスメイト。
一言でこいつを形容するなら『アッパラパー』だ。
寧ろずばり『アホ』でもいいと思う。成績は俺とタメ張るぐらい。
顔ははっきりいって可愛いと思う。どんな顔なのかは想像にお任せする。
中学生のくせに金髪ツインテールというけしからん髪型をしているが
それ以上にけしからんのはスカートの短さだ。今まで何度こいつのパンツを
見てしまったか数え切れない。最近ではローテーションまで把握してしまったが
別に(今日はいちごパンツ!)とかチェックしてる訳ではない。マジで。
こないだ「パンツ見えてんぞ」と忠告してやったら「金払え」と言われた。
日本はもう終わってる。でも終わってていいと俺は思う。男の子だもの。
それにしても男の俺から見ても化粧がめっちゃ下手でしかも濃い。

11 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/07/02(月) 23:47:14 ID:???
俺はミサのことが嫌いではない。どっちかっつうと好きだ。
でもそれはもちろんLoveじゃない、Likeだ。
ミサはアホだけど可愛いし、アホのくせに気転がきくし、
一途で(たぶん)、素直で(わりと)、聡明だ(もしかすると)。
アホだけどただのアホじゃない(かもしれない)。

それはそうと。

「何の話だよ」
「えー、なんかー……ジェノが昨日ナンパしてその女の人の彼氏に
 殺されかけたって聞いたよ」

そのまんまじゃねーか。

「誰に」
「そんでー、ヤクザに拉致られたってー」

ミサについて補足。
こいつは人の話を聞かない。

「ちょっと待て。かなり歪曲してんぞ。つうかいつの間に聞いたんだよ」

俺が昨日の出来事を他人に話したのはつい一時間ほど前で、
話した相手はポンコだけだっつうの。
そして尾ひれつきすぎ脚色しすぎ。

12 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/07/02(月) 23:52:10 ID:???
「サユが昨日見たって言ってたしー」

サユ? 見られてたのか。ちょっと最悪だ。いや、けっこう最悪だ。

「ねーサユ〜」

ミサの間延びしたキンキン声がふにゃ〜っと教室に響き渡る。
そのだら〜っとした声に反応したのは窓際の席に座っているサユだけだった。
他の奴らはミサのアホ声にいちいち反応したりしない。

「呼んだー?」

サユが席に座ったまま俺達の方を向く。
次の授業の準備をしていたらしく手には国語の教科書を持っていた。

「サユ見たんでしょ〜? 昨日ジェノがナン……」
「ばっ! やめろアホ!」
「はぁ? アホにアホ言われたくないし」
「ちょっ、ちょっ! サユ、来て! ちょい来てこっち!」
「ねぇ聞いてんの? アホにアホとか言われたら傷つくんですけど」

アホのミサを軽く無視して俺はサユを呼び寄せる。

13 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/07/03(火) 00:00:47 ID:???
サユについて。
晴刷市立三井銅鑼中学3年C組在籍。うん、俺のクラスメイト。
ミサが『アッパラパー』ならサユは『キャラリンッ☆』だろうか。
いや、『シュロリ〜ン♪』でもいい。なんか記号が付く感じ。
なんのこっちゃ。

顔ははっきりいって可愛い。どんな顔なのかは想像にお任せする。
成績は中の上ぐらいだろうか。
会ったことはないけどむっちゃ賢いお兄ちゃんがいるとか聞いた。どうでもいいね。
全身で日本の終わり具合を体現しているミサと比べるとサユはなんというか
すげぇ「普通の子」って感じだ。
ミサみたいに髪も染めてないし(よく考えたら当たり前だ)ミサみたいに
化粧もしてないし(よく考えなくても当たり前だ)ミサみたいに四六時中パンツが
見えてる訳でもない(これは当たり前じゃなくてもいいと思うんだが個人的には)。
ちなみに口癖は「ぎゃっ」。あとポテチが好きらしい。のりしお味かなんか。

俺はサユのことが嫌いではない。どっちかっつうと好きだ。
でもそれはもちろんLoveじゃない、Likeだ。
サユは普通の子だけど可愛いし、普通の子だけどノリがいいし、
誰にでも優しいし(一視同仁)、ぱっちり明るい瞳をしてて歯並びも
綺麗だし(明眸皓歯)、弓道やっててかなりの腕前らしい(猿号擁柱)。
最後はちょっと無理やり(でもほんと)。

それはそうと。

14 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/07/03(火) 00:06:08 ID:???
「俺を見たって?」
「うん、昨日の夕方6時ぐらい」

うわマジっぽいな。

「ど、どこで」
「駅の近く」

ほんとに見られてた。かなり最悪。

「マジか〜! 見てたなら声かけろっての」
「だってそんな雰囲気じゃなかったから」

そりゃそうだと俺あっさり納得。
俺だって知り合いがあんなことになってたら余裕でシカトするよね。

それより。

「見てたんなら大体わかるだろうけどあれ、ナンパじゃねーってば。
 つかどこから見てたんだよ。いや、いつから見てたの?」
「えーっと、昨日の夕方6時ぐらいでしょ?」

うん、そう。それは聞いたし俺もわかってる。
「そんで?」と俺が先を促すとミサが「サユなにしてたのー?
まさかデートとかーあははー」とアホ丸出しで会話を脱線させてサユは
「駅までお兄ちゃん迎えに行ってたんだけど」とさらり。
あっそ。興味なし。そんで?

15 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/07/03(火) 00:13:00 ID:???
「駅に行く途中でね、ほらあのなんとかってホテルの前あたり」
「あぁ、はいはい」
「ジェノが女の人に」
「ちょっ! ストップ」
「なに?」
「静かめで」

俺は人差し指を唇にあてて、左にひとつ後ろにみっつの席に座っている
サチコさんをちらっと見る。聞かれたらどうすんだっつの。しかしサチコさん、
俺達の会話に耳を傾けている様子はなし。オッケー。続きをどうぞとサユに
目で合図を送るとミサが「なにー?」とアホ面で俺の顔を覗き見たので
俺は余裕で無視したがミサは過去最高のアホにやけ面で言う「サチコに聞かれたら
まずいのー? なんでー?」はい殺す。声でかすぎお前マジでありえない。
俺は卒倒しそうになったがミサは殊更でかい声で「今、見たっしょー。
サチコ見たっしょー」と馬鹿みたいにカールのかかった睫毛を瞬かせながら
言うので俺は心の底からなにその洞察力やめてほしいしと絶望する。
『気転がきく』という設定も削除。全然あかん、お前。

「大丈夫だってーほら」

ミサが右手でサチコさんを指差し左手で自分の耳を指差す。
何が大丈夫だお前。つうことはわかってて言ったんかよ。
てか動きが今時パラパラみたい。それか手信号? 
「聞こえてないって」トントン、とリズミカルに自分の耳を叩くミサ。
ふとサチコさんを見ると、彼女の首に黒いコードがだらりとかかっていた。
いや、かかってない。よく見ると首の下に垂れ下がってる。襟元にはかかってない。
コードの先はサチコさんの髪に隠れていた。イヤホン?  iPod?

16 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/07/03(火) 00:18:25 ID:???
ほう、優等生のサチコさんも休み時間は息抜きにJ−POPでも聴くのかと
意外に思ったが「あれ、イアリングしてるんだよ」とミサが聞いたことありそうで
なさそうな横文字らしき単語を発するので「耳飾り?」と故意に訊いてやったが
ミサは「それはイヤリング」と普通に返しやがったので俺は腹が立つ。
まぁどっちでも意味は同じだけど、どっちも間違ってるけどと思っていると
「それを言うならヒアリングでしょ。英語の教材?」とサユがさらり正解を
出したので俺はリスニングの方が正しくね?まぁどうでもいいけどさと思っていたら
「うん、なんかの曲だと思って聴かせてーつったら恥かいちゃった」と何事も
なかったようにミサが言うので恥も糞も超今更だしと俺は思ってしまう。

とにかくサチコさんには聞かれてなかったようなので俺はギリギリでミサを
許してやることにした。


ここでサチコさんについて。
晴刷市立三井銅鑼中学3年C組在籍。そう、俺のクラスメイト。
容姿端麗、成績優秀、才色兼備、完全無欠のクラス委員……ってこれは2回目。
サチコさんのスペック説明についてはこれで充分だろう。

ミサが『アッパラパー』でサユが『キャラリンッ☆』または『シュロリ〜ン♪』
とするならサチコさんは『パァァァァ』だ。神々しいのだ。俺にとっては。
「ねージェノ、サチコのことスキなの? ねーねー」ミサがいきなり俺のモノローグに
割り込んできてアンプレズントな気持ちになるが俺は無視して独白を続ける。


と思ったらチャイムが鳴った。
仕方ないので続きはまた後で。

17 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/07/03(火) 00:26:08 ID:???
   8.僕とこの街の裏事情



駅前での馬鹿コントの後、僕達は(というか僕が)ハンバーグを食べる為に
びっくりモンキーという店に来ていた。

「食べないのか」

ノワにメニューを見せてやったがノワは無言で首を振る。
じゃあ水でも飲んでろ。

「それで? 一体何がどうなっているんだ」

と僕が訊くとノワは辺りを見回してから小声で話し始めた。

「今から一ヶ月ほど前の話なんだが」
「うむ」
「この街──晴刷市に組を構える暴力団の幹部が殺されたんだ」
「ほう」
「殺されたのは浮々組系魚鎮組の幹部だった」
「ふぅん」
「名前をユーモリという」
「あ、そう」
「黒いサングラスがトレードマークなんだが」
「どうでもいいよ」
「まぁこの事件は俺達には関係ない」
「はぁ?」

じゃあ何でそんなしょうもない話をするんだ。

18 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/07/03(火) 00:33:16 ID:???
「問題はこの事件の犯人が捕まっていないことだ」
「──まさか華鼬の人間が?」
「警察は対立する組織の犯行だと見ているらしい」
「状況がわからないからなんとも言えないが……君は組織の者に確認をとったのか?」
「あぁ、この一ヶ月で調べたがそういった情報は上がってきていない」
「警察の捜査状況は?」
「昨日、吊から連絡があったがこれといって特に何も」

吊か。
会ったことないな。たぶん死ぬまで会わないだろう。

「特に何も、って……じゃあ益々その話は関係ないじゃないか」
「実際、ウチの組織の者がやった訳じゃないからこちらとしても対応のしようがない」
「だろう。せいぜい犯人が捕まるまで動き難くなるぐらいだ」
「それだ」

ノワの眼光が炯々と口元まで持ってきたハンバーグを射抜く。食べたいのか?
あげないけど。ぱくり。

「ユーモリが殺されたせいで、今この街で暗躍する裏社会の人間は皆難儀している」
「仕事がやり難くて仕方ないだろうな」
「そう、それは俺達も同じだが」
「ふぅん、そうなのか」

大変だな。わりとどうでもいいけど。
それよりこの話の行き着く先が見えないのだが。

19 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/07/03(火) 00:40:09 ID:???
「事の発端であるユーモリ殺害の事件は俺達とは直接関係ないが、
 それに付随して起こった事が問題なんだ」
「まわりくどいな。もういいから要点だけ踏まえて端的に話せ」
「この街の悪党共のパワーバランスが崩れた」

アホくさ。意味がわからん。

「座玖屋ファミリーと魚鎮組は言わば共生関係にあった」
「ザクヤ……さっきの奴らか」
「あぁ。といっても一蓮托生という訳ではなかったようだがな。
 両組織の良好な関係は利害の一致によって成り立っていたらしく、
 ユーモリが間に立つことでお互いに折り合いをつけて上手くやっていたらしい」
「ということはそのユーモリとやらが殺されたことでその関係に変化が生じたわけか」
「そうだ。ユーモリは魚鎮組の幹部だったが、同時に座玖屋ファミリーの
 幹部でもあったんだ」

どこにでもいるな、二足の草鞋を履いてる奴って。

「一口に裏社会の組織といっても千姿万態だ。
 魚鎮組のような一般にもその名が広く知れ渡っている、いわゆる暴力団から
 俺達や座玖屋ファミリーのような裏の更に裏の……」

そんな講釈は要らないので僕は右から左へ聞き流す。

20 :ナッチャン:2007/07/03(火) 00:44:40 ID:???
しえん

21 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/07/03(火) 00:46:01 ID:???
「ユーモリはその“表”と“裏”を上手く使い分けることで今の地位を……」

そんな立身出世物語も興味ないので僕は右から左へ受け流す。

「しかし所詮は同じ穴の狢といってもそもそも組織としての方向性が……」

もういい。

ユーモリについて。
年齢不詳。黒いサングラスがトレードマーク。
浮々組系魚鎮組の幹部にして座玖屋ファミリーの幹部。

ユーモリは二つの組織の橋渡し的な存在だった。
で、そのユーモリが死に、警察のせいで仕事がやりにくくなった今、
魚鎮組と座玖屋ファミリーは相身互うこともなく、
元々主義思想の違う両組織は共存していくことが出来なくなったと。これで充分。

「規模は相当のものだったのか?」
「なにせ“表”と“裏”の連合体だからな」

もういいってそれは。

「魚鎮・座玖屋が一体となって睨みをきかせていたお蔭で、この街の治安は
 良かったらしいぞ。一ヶ月前まではな」
「……ふぅん。で、華鼬はその両組織との関係はどうだったんだ?
 あまり良好ではなさそうだが」

さっき襲われたし。

22 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/07/03(火) 00:52:07 ID:???
「いや、良くも悪くもなかった。今まではな」
「今までは、か」
「これまではお互い仕事上でバッティングすることはほとんどなかったし、
 わざわざ潰し合うこともないだろうという暗黙の了解があった」
「へぇ」

なるほど。
ようやく話が見えてきた。

「座玖屋ファミリーで内紛が起きたのか」
「察しがいいな、その通りだ。座玖屋ファミリーは戦後間もない頃から
 この街を拠点として──」
「待て。組織のトップは座玖屋という奴なんだろう?」
「そうだが」
「そいつ、いくつだ? 組織のトップに立つ人間の名が座玖屋で、
 組織の名前が座玖屋ファミリーというからには、組織を興した頃から
 そいつがトップに座っていたんだろう?」

だとしたら相当おじいちゃんじゃないのか。男かどうか知らないが。

「あぁそういうことか。今トップに座っているのは二代目だ。
 初代の実の息子で名前はもちろん座玖屋という。今50代半ばぐらいじゃないか?
 初代はもう死んだらしいが」
「世襲制か」

しかし50代半ばならもういい年だ。ということは。

23 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/07/03(火) 00:58:04 ID:???
「跡目争い」
「そうだ。二代目はもうそろそろ引退を考えていて……」
「実の息子、つまり初代の孫にあたる三代目座玖屋に後を継がそうとしている訳か。
 それを快く思わない連中、おそらく君がさっき言っていたドンダケハとかいう
 奴らがそれを阻止しようとしているんだろう。
 僕達を襲ったのはその辺りの事情が関係しているのか」
「まぁ……そんなところだな。ちょっと違うところがあるが」

なんだ? なにが気に入らないんだこの野郎。すごい推理だと僕を褒め称えろ。

「何が違うんだ」

僕はちょっとイラつく。

「二代目が後を継がせようとしているのは……」
「なんだ、肉親じゃないのか。まさかユーモリとやらに継がせようとしていたのか」
「いやそうじゃない」

僕の中のイライラが大きくなる。

「初代の孫じゃないのか」

養子とか。

「いや、ちゃんと血が繋がっている初代の孫だ」

イライラッ!
どっちだよ。合ってるじゃないか! 

24 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/07/03(火) 01:03:02 ID:???
「じゃあ間違ってないじゃないか。何が言いたいんだ。なんか文句あるのか」
「いや、だから」
「なんだよ。二代目の息子なんだろう?」
「そこだ」
「あ!? どこだ!」

僕は怒り心頭辺りを見回す。ハンバーグしかない!

「息子じゃなくて娘だ」
「は?」
「だから、初代の孫娘」
「あ?」
「二代目が後を継がせようとしているのは今年15歳になる娘」
「コトシジュウゴサイニナルムスメ! 誰だそいつは! 
 どこから出てきたんだ! 長い名前だな!」
「いや、名前じゃなくて性別だ。女。お前と同じ」


ふざけるな!
女のくせにそんな訳のわからん胡散臭い闇の組織のトップに立つような奴がいるか!

と、僕はテーブルを叩いて怒鳴ったが何故かノワは半笑いだった。

25 : ◆K.tai/y5Gg :2007/07/03(火) 01:14:56 ID:???
おら

26 :がんぼ ◆ganbo/F702 :2007/07/03(火) 09:00:54 ID:???
九州だって女だけど華鼬(=訳のわからん胡散臭い闇の組織)のトップじゃん

27 :がんぼ ◆ganbo/F702 :2007/07/03(火) 13:14:38 ID:???
http://upload.fam.cx/cgi-bin/img-box/jjo70703131343.jpg

28 : ◆KYuSyUA/K2 :2007/07/03(火) 21:10:20 ID:???
ハンバーグdjwwwwwうめえwwwww

あと
http://etc6.2ch.net/test/read.cgi/bobby/1176218338/
念のため誘導

29 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/07/04(水) 23:21:25 ID:???
   9.俺とジニと昨日の話



「ジェノ、お前ヤクザの女を襲って拉致されて殺されたんだって?」

生きてるっつうの。

シャツを脱ぎながらそんな冗談ぬかすのは隣のクラスのジニだ。
ちなみにシャツを脱いでるのはジニに脱衣癖がある訳でもなく
俺と禁断の果実を貪る為でもない。

現在2時間目が終わったところで、次の3時間目の授業は体育。
体育の授業は2クラス合同で行われるのだ。
体育の時は俺のいるC組にジニのいるD組の男子が着替えに来る。
そんでC組の女子はD組で着替える。説明おわり。

「なんでお前が知ってんだよジニ」
「噂だよ噂」

誰だそんな悪意のある噂流してるアホは!
と俺は憤慨したが噂の発信源はともかく流布りまくったアホは
うちのクラスのアホのミサだったと後に判明する。アホめ!

30 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/07/04(水) 23:28:38 ID:???
つうか噂流れるの早すぎだろ! この分じゃサチコさんの耳に入るのも
時間の問題だ。いや、もう聞いてるかもしれない。そして泣いてるかも。
ねーサチコ聞いたージェノがさーうそ、そんなジェノ君がまさかそんなこと
でもサユが見たらしいよーえーんサチコ泣かないでーなんつって。

ねーか。

「ところでバイト始めたって? サトチーと」
「おおー皿洗いまくったよ。もう皿見んのもうんざりでさ」
「夢に皿出てきたりなー」
「そうそう」
「で、ギターはいつ手に入るんだ」
「うーんこの調子だと来月ぐらいじゃね」


ジニについて。
晴刷市立三井銅鑼中学3年D組在籍。隣のクラス。そして俺の唯一無二の親友。
顔はまぁ並以上ではあるが、残念ながらイケメン貴公子の俺には遠く及ばない。
成績はたいしたものでなんと学年トップ! しかしガリ勉という訳でもない。
何故ならこいつは生まれた時から本気を出しているような変態なのだ。
こいつにとっては努力など日常坐臥の行為でありそれを苦とも思っていないからだ。
とんでもないマゾ野郎だ。でも凄い奴なのだ。俺の自慢の親友なのだ。

ジニとの付き合いは幼稚園の頃からで、この変態との思い出を語ると日が暮れて
しまうので今は語らない。機会があればそのうちね。

31 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/07/04(水) 23:38:45 ID:???
ジニとは付き合いが長すぎるせいか中学に入った頃からあまり遊ばなくなった。
俺はサトチーやポンコなどとつるんで歯と歯の間から唾を飛ばす練習をしたり
ガムを口蓋にくっつけて舌でムニッやってパチンと鳴らしたり歩きにくいと
わかっていて制服のズボンをケツの割れ目あたりまでずり下げて歩いたり
たまに油断しててサトチーにサチコさんの目の前でズボンをずらされて半泣きに
なったりちょっと背徳的な恍惚感を覚えたりするようになり、ジニはジニで
テストでいい点取って女子にジニ君すごーいとキャイキャイ言われたり
なんか知らんが自ら進んで生徒会長に立候補してしかもあっさり当選して
体育館の壇上で訳のわからん小難しい挨拶をしてその場で「美しい学校を
目指します」みたいな趣旨のスローガンをぶちあげて何故か美化委員の人数を倍にして
ほんとに学校を綺麗にしてしまって女子にジニ君ってなんかいいよねとか言われて
しかも運動神経もいいので体育の授業でサッカーなんかやったりした日には女子から
ジニ君きゃーみたいな声援を一身に受けて他の男子から僻まれて
「調子乗ってんなよ」とちょっとヤンキーくさい奴がジニ以上に訳のわからんことを
言って殴りかかってでもジニは空手やってるので余裕でそのアホを秒殺して
女子からジニ君だいじょうぶー?とか心配されてたけど俺はいやジニ怪我してへんがな
とか思ったりしてなんだこの差は。

とにかく凄い奴なのだ。俺は親友としてジニを誇りに思っている。

おそらく高校は別々になるだろうがそれでもきっと俺達の縁は切れないだろう。
どっちか死ぬまで仲良くやろうなジニ。なぁ、おい。

32 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/07/04(水) 23:39:54 ID:???
「そんで? 噂はほんとなのか?」
「信じてんのかよ。アホだなお前。つうか俺余裕で生きてるしな」
「いや信じてねーよ、ちょっとしか」

ちょっと信じちゃってるのかよと俺はちょっとショックを受ける。

「ナンパしたのはほんとなんだろ?」
「だから違うっての! してない」
「でも見た奴いるんだろ」
「いや、だからーあれはーそーゆーんじゃなくてー」
「あ、否定しないんだな」
「いやいや……」
「ヤクザどうこうってのは?」
「それは、軽く」
「おいおい、大丈夫か」

俺はあんまり気が進まなかったのだが、他ならぬジニだし、何より
誤解されてるのが嫌なので昨日の出来事を話してやることにした。ちょっとだけ。

と思ったらチャイムが鳴った。
仕方ないので続きはまた後で。

33 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/07/05(木) 00:06:55 ID:???
   10.僕と下僕とポチ



「先に出てるぞ」

レジで会計しているノワの横を通り過ぎて僕は店を出る。

時刻は午後7時をまわったところだ。
この後、座玖屋ファミリーのボス、二代目座玖屋との会談が待っている。
正直めんどくさい。
お腹いっぱいになった僕は組織だの何だの、もうほんとにどうでもよくて
ホテルに戻って(僕はまだ中に入ってないけど)ごろごろしたいなーと思っていた。

大体なんで僕が行かなきゃならないのだ。
これじゃ何の為にノワに組織を任せているのかわからない。

そうだ、なんで僕が行かなきゃならないのだ。

「おい、よく考えたらなんで僕が行かなきゃならないんだ」

支払いを済ませて出てきたノワに僕は訊いてみる。
ぽんぽんになったお腹を立てに立てまくって訊いてみる。

34 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/07/05(木) 00:15:14 ID:???
僕は怒っているのだ。
何に怒っているって、この質問を今までしなかった自分にだ!
何で僕がこんな豚の餌みたいな臭いのする街に来なきゃいけないのだ!
なら、何で僕はこの街に来ちゃったのだ! 呼ばれたからだ! この阿呆に!

「どうしたんだいきなり」ノワは言った。アホ面で。
「どうしたもこうしたもあるか」僕は怒る。そのアホ面に。

確かに僕にも落ち度はあろう。それは認めようか? いや、認めない。
断固として認めないぞ。何故なら僕はこいつに嵌められたのだ。
僕は思い出す。怒りながら思い出す。ノワは怒った顔の僕を見てきょとんとしている。
そして僕はそのきょとんとしたアホ面に更に怒りを増幅させる。

遡ること15時間前、ノワが僕に電話をしてきた。そう、夜中の2時頃だった。
2時! AM! 非常識にも程がある。僕はあの時寝ていてひどく気分を害した。
しかし電話に出た僕に開口一番ノワが「すまないが晴刷市まで来てくれ」と重い口調で
言うので僕はびっくりして目が覚めてしまい、ついでに怒りもひゅるーとどこかに
飛んでしまったのだ。そうだった。思い出したぞ〜! 

あの時、怒りがすらーと飛んでしまった僕は「どうした、何があったんだ。
大丈夫か」と不覚にも一抹の不安を胸に抱いてしまったのだ。もしかするとノワは
誰かにグサッ!と刺されて動けないのろろーんと泣きながら電話しきているのかも
しれないと思ったのだ。路地裏とかで。そんなとこにいるはずもないのに。なんて奴だ!  
僕に心配させておいてこいつは全然余裕で元気だったのだ。せめてナイフの一本も
腹に刺してから電話してくるべきだ! 僕は更に怒りを増幅させる。
そしてノワは「面倒な事になってな」とやっぱり重い口調で言った。
お前そればっかりか! さっき駅前でも言ってたじゃないか。
そうかわかったぞーお前は僕の心をドキリとさせるツボを何気に押さえたのだな。
僕の思考を停止させてうまいこと僕を動かす術を習得していたのだな。 
まんまと術中に嵌まった僕は「わかった」と理由も聞かずにあっさり頷いて
しまったのだ。ノワには見えてないのに! 電話なのに!

35 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/07/05(木) 00:18:15 ID:???
そして僕は気付いたら朝までに着替えやら何やらの用意をして、
会社に電話をして、昨日母方の祖父が亡くなったと実家から連絡があり、
更に今日の未明に父方の祖母が亡くなったと実家から再度連絡があり、
そして明日親戚の誰かが死ぬそうなのでしばらく出社できそうにありませんと
嘘八百を並べていたのだ。

「ちくしょう、嵌めやがったな!」
「な、なんだ」
「えぇいしらばっくれる気か、貴様!」
「何を言い出すんだ。落ち着け」

ノワはわざとらしく狼狽する。
たいした演技力だ。

「僕を引っ張り出してどうする気だ。えぇ!?」
「だから座玖屋と……」
「そらみろ! やはりか!」
「いや、最初からそういう話じゃないか」
「なにを貴様。僕はそんなの聞いてなかった」
「説明したじゃないか」
「電話した時は言ってなかった!」
「詳しい話はお前がこっちに着いてから、と言っただろう」
「なにぃ……」

確かに言ってたような気がするな! しかし!

36 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/07/05(木) 00:21:11 ID:???
「いや、待て! 肝心なことを忘れていた。
 ナッパ達はどうして僕が華鼬だと知っていたのだ!」
「ナ、ナッパ?」
「“華鼬”と口にしたのはホウキの方だがな」
「ホウキ……?」
「さぁ言い訳が出来るならしてみろ」
「ちょ、ちょっと待て」

ノワがわざとらしく思案する。
たいした演技力だ。

「たぶん、どこかで情報が漏れたんだと思う。俺が華鼬のトップではないと」
「それがおかしい。組織としての華鼬を調べても絶対に僕の名前は出てこないはずだ」
「まぁそうだな。組織では俺の名前すら知らない奴も多い。
 ほとんどの奴らが吊をトップだと思っている」
「そうだろう。だったら何故、奴らは吊どころか君に辿り着き、
 更にその上にいる僕の存在を知ることが出来るのだ」
「うーん……最近、吊が忙しくて俺が色々動いてたからなぁ。
 そのせいで気付かれたのかもな。さっき襲われたのはおそらく
 尾行がついていたからだろうが」
「ぬぅ、だったら全部君のせいじゃないか」
「しかし遅かれ早かれ奴らはお前の存在に気付いたはずだぞ。
 座玖屋ファミリーの情報収集能力は業界一だと言われている」

何が業界だふざけくさってこのとんまが!
全部全部お前のせいだ!

37 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/07/05(木) 00:23:43 ID:???
「大体、君は何故僕を呼んだんだ。まさか座玖屋が僕を名指しした訳でもあるまい」
「それは……」
「あっ! 詰まった! 詰まりやがったな!
 君は僕を引っ張り出して奴らに僕を殺させる気だったんだな」
「違う。そんなことする訳ないだろう。考えすぎだ」
「じゃあ何故呼んだ?」
「正直に言う。俺じゃ座玖屋と渡り合えないと思ったからだ」
「む……」
「相手は長年に渡ってこの街の裏社会の頂点に立っていた男だからな」
「ほう」
「俺みたいなチンピラじゃ話し合いにもならないだろう?」
「ふむ」
「だからだな、ここはお前に出てきてもらうしかないと思ったんだ。な?」
「うん」

そうか。
そういうことなら仕方ないな。

増幅した怒りがふわーと霧散してゆく。

はっ!?

「その手には乗らないぞ!」

いかんいかん、危うく踊らされるところだった!

「なんだ、まだ気に入らない事があるのか」
「当たり前だ!」
「一体どうしろと言うんだ」

ノワが憮然とした表情でため息をつく。
散ったはずの怒りが再び僕の中で燃え上がるのを感じた。

38 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/07/05(木) 00:27:23 ID:???
「普段なにもしてくれないんだから、せめてこういう時ぐらいは
 組織の為に動いてくれてもいいじゃないか。仮にもボスなんだし」 

ノワは少し困ったように言う。
なにがだ! 僕のせいか。お前はそういう奴か。
しかも『仮にも』! うわぁ言いやがったこいつさらっと言いやがった。本音を。
そうかお前は常日頃から僕に対して不満を抱いていたのだな。よくわかった。
よーくわかったぞ。お前は実のところ僕をボスとして認めていなかったのだな。
あぁわかった。好きにしろ。もう好きにしろ。好きにしてしまえ! 恣意的に!
その代わり僕も好き勝手にやってやる。それはもう無茶苦茶にやってやる。恣意的に!

火の海にしてやる。この街を。
血の雨を降らしてやる。この街に。

座玖屋ファミリーなんてぶっ潰してやる。華鼬もぶっ潰してやる。
邪魔する奴も皆ぶっ潰してやる。

僕以外の人間なんてみんな死ねばいい!

「行くぞ!」
「……納得してくれたのか?」
「うるさい! 行くぞったら行くぞ! はやくしろ!」
「まぁなんでもいいが……ん?」

バイクに跨ろうとしたノワが動きを止めて駐車場の隅にある自動販売機に目をやった。

「またお前か」

ノワの視線の先にはさっきの中学生がいた。

中学生は動販売機の陰からこちらを見ていた。
気持ち悪い! なんでいるんだ。帰れと言っただろうが!

39 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/07/05(木) 00:30:12 ID:???
「どうしてここにいる? 偶然ではないだろう。つけてきたのか?」

ノワは中学生相手でも警戒を怠らず殺気を放っていた。馬鹿だこいつと思った。

「さ、さっきハンバーグって言ってたから……」

ノワのただならぬ威圧感に中学生は怯えきった様子だった。

「で、何の用だ?」

と今度は僕。

「まだ手帳がどうのと言う気か? さっきも言ったが僕は知らないぞ」

ほんとは僕が捨てたけど。

「い、いや別に」

中学生がぷるぷると首を振る。じゃあ何なのだ気色悪い!
イライライライラッ! まったくどいつもこいつも!
どうしてそんなに僕を苛立たせるのか。

「あの、俺」
「うるさい! 黙れ!」

中学生が何か言いかけたので僕はすかさず遮る。
お前の話なんて興味ないし聞かない!

40 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/07/05(木) 00:32:43 ID:???
「乗れ!」

僕はバイクの座席シートを叩く。

「なにを」
「うるさい! 黙れ!」

ノワが何か言いかけたので僕はすかさず遮る。
お前の意見なんて即却下だし聞かない!

「乗れ! ポチ!」

僕は中学生を睨んでもう一度バイクの座席シートを叩く。

「ポ、ポチ……?」
「お前のことに決まってるだろうが! 乗れ!」

そう、お前はポチ。
たった今この瞬間から僕の犬だ!
文句は言わせない。無理矢理にでも連れて行く。

理由? そんなものはない。僕は怒っているのだ!

41 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/07/07(土) 23:40:29 ID:???
   11.俺と俺の愛について



「お前、それ完全に拉致じゃないか」

まぁなきにしもあらずやね。

シャツのボタンを留めながら怪訝な顔をしているのはジニだ。
ちなみにジニがシャツのボタンを留めているのは俺と禁断の果実を
貪り終えたからではない。

3時間目の体育が終わったのでさっきと同じようにC組の教室で
着替えているのです。説明おわり。

それと今日の授業はバスケでジニ君はやっぱり大活躍したのでした。はいはい。

「うーん拉致られたというのはいささか語弊があるな」
「なに言ってんだお前。有無をいわさず連れて行かれたんだろ? 
 これを拉致と言わずなんという。警察行けよ。何の為の法治国家だ」
「いやー……まぁねぇ……そりゃそうなんだけどねあっははは」
「なに笑ってんだアホ。笑いごとじゃないだろうが」

ジニはちょっと怒ったように俺から顔を背けてしまう。
それは俺のことを心配してくれているからだと俺はわかっている。
こいつめ。可愛い奴。そりゃモテるわ、アホめ。

42 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/07/07(土) 23:46:29 ID:???
心配してくれている(たぶん)ジニには悪いが、俺はやっぱり昨日のアレは拉致とは
言い難いと思っていた。
ハナちゃんに手を掴まれ、引きずられるようにしてヤクザの事務所まで
連れて行かれる間中、俺は一切抵抗しなかったのだから。
もちろん道行く人に助けを求めたりもしなかった。

俺は身の危険を感じながらもどこかあの状況を楽しんでいたのだ。

だけど、俺は一体なにを楽しんでいたというのだろう?

ハナちゃんとあのパシリみたいなオッサンの会話を聞いていた限り、
ハナちゃん達が向かおうとしている場所は明らかにヤバそうな所だと
俺はわかっていたはずなのに。俺はどうしてハナちゃんの手を
振り払おうとしなかったのか。あの白い手を。

Loveか? Love的な感情が芽生えていたのだろうか?
いや、それはない……と思う。
だってあの時点ではまともな会話すらしていなかったのだから
俺のLove畑にハナちゃんという名の恋の花が咲く訳がない。
大体俺はサチコさんが好きなのだ。たぶん。

たぶん!? たぶんてなんだ。俺はどうして断言しないのだ。なにゆえ〜!?
もしかして俺の愛の宛先はサチコさんからハナちゃんへシフトしているのか!?
いや、そっちの方がなにゆえ〜だ。ありえない。

大丈夫、俺はサチコさんが好きさ! うんうん、すきすきすー。

43 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/07/07(土) 23:50:24 ID:???
つうか年齢差を考えろ! 俺はいたいけな15歳の中学生。
ハナちゃんは推定23歳ぐらい。妙齢の女性に歳を訊くなんて野暮なことは
しないが(ていうか出来なかったのだが)まぁそんなもんだろう。

ハナちゃんを23歳と仮定するなら俺との歳の差は8歳だ。
8歳といえばどれぐらいの差があるだろう────────何も思いつかない。

とにかく、常識的に考えて俺とハナちゃんがねんごろになるのは
ちょっと如何なものかと思ってしまう。

いや、俺は別に歳の差カポーを否定したい訳ではない。
愛に歳の差なんてないのだから! 

って、ないのかよ! 言い切ってるじゃないか俺よ! いいのかそれで。

俺はふーと深呼吸して考える。

そりゃ世の中広いのだから23歳の女と15歳の男が真剣に交際している
ケースもあるだろう。漫画なんかではありがちな展開だ。
ありがちすぎてそんなパターン誰も喜ばないほどにありふれた愛の形だろう。
エロゲでもありそうだ。いや俺はエロゲとかやったことないけど。

しかししかしバーチャルな世界ではともかく現実としてはどうだろう。
法律的にはどうだ? 倫理的にはどうだ? 
そりゃ世の中広いのだから……あれ!? いかん、堂々巡りしている。落ち着け俺!

俺はふーと深呼吸して思考をニュートラルに戻す。

44 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/07/07(土) 23:55:55 ID:???
……例えば8歳の小学生とだーだうだうだーと言語を発するのもままならない
生まれたばかりの赤ん坊が付き合うというのは果たしてどうだろう?

極端すぎる! いくらなんでもそれはない。

……なら100歳になるお爺ちゃんと92歳のお婆ちゃんが付き合うのは?
まだこっちの方が現実味がある気がするし、実際そんな話を聞いたことが
あるような気がしないでもない。

でもやっぱり極端すぎる! 

……30歳のIT関係の会社に勤める男性とその会社に派遣で来ている
22歳の受付嬢ならどうだろう。いや設定はどうでもいいのだが。

これは全然ありだろう。うん、余裕でありだと思う。
そんなカポーはマジで掃いて捨てるほどいるだろう。

じゃあちょ〜っとだけ二人の年齢を下げてみよう。
23歳と15歳にしてみてはどうだろう。
男の方は23歳なら大卒で入社1年目ってとこだ。
女の方は15歳だから……中学生! うーんどうでしょう。
せめて後3年ぐらい待てってカンジ? どうです?

やっぱり俺とハナちゃんはそんな関係になってはいけないのだろうか。

うん、俺はやはり年相応に同年代の女子相手に恋心を抱くべきなのだろう。

たぶん。

ていうか大丈夫、俺はちゃんとサチコさんが好きさ! うんうん、すきすきすー。

45 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/07/07(土) 23:58:50 ID:???
ねぇジニ君! と俺は声をかけようとしたのだがジニはもうそこにはいなかった。
ていうかD組の奴らは着替えを済まして自分達の教室に帰っていた。

俺は俺の愛についてジニに話を聞いてもらいたいと思ったのに。
意見が欲しい。この世で最も信頼できる親友の意見が。

よし、D組に行こう。

と思ったらチャイムが鳴った。
仕方ないので続きはまた後で。

46 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/07/08(日) 00:02:00 ID:???
   12.僕とショボい街



国道らしき片側二車線の道路をノワのバイクで南進中(たぶん)、
ノワとポチに挟まれて座っている僕はあっという間に移り変わってゆく
街並みをぼんやり眺めていた。


それにしてもショボいな、この街は。

本を売ーるな〜らでお馴染みのあの古書店はやっぱりあるし、
ふっふん、ふふっふん、いい気分ーのあのコンビニもやっぱりあるし、
その向かい側には開いってまーすーの方のコンビニもある。

だけどショボいな。
ド田舎という程ではないと思うが、如何せん活気がない。
この街の若者達は一体どこで遊んでいるのだろうか。

という訳でノワの後ろに座っている僕の更に後ろに座っているポチに訊いてみよう。

「おい、君は普段どこで遊んでいるんだ」
「え……別にどこでも」

あっそう。野猿みたいだね。

まぁ中学生だしそんなもんか。
それに今は昔と違って外に出なくても自宅で充分遊べるだろう。ゲームとか。
といっても僕もそうだったが。

47 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/07/08(日) 00:06:02 ID:???
……そうだったな。
僕はゲームばっかりしてたな。
誰とも遊ばなかった。

寂しいな!

まるで僕が友達いない子だったみたいじゃないか。
実際そうだったが。

ゲーム以外には何をしていただろう?

……ノートに気に入らない奴の名前を書いてたな。
誰も死ななかったけど。

夜寝る前にポエム書いたりもしてたな。
誰にも見せなかったけど。

寂しいな!

僕って根暗なのだろうか……。


ノワはどうだろう? 
信号待ちでバイクが止まったので訊いてみよう。

「おいノワ、君は昔何をして遊んでいた?」
「木に登ったりしてたな」

あっそう。完全に野猿だね。

何が楽しくて木に登るのだろうか。理解不能だ。

48 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/07/08(日) 00:09:31 ID:???
「あぁ、中学の時か? てっきり小学生の頃の話かと」

勘違いしていたらしく、ノワは恥ずかしそうに笑った。
勘違いより木に登っていた思い出しかないことの方が恥ずかしいと思うのだが。

「小学校の頃……というかあの村には何もなかったからな」

ふっ、と昔を懐かしむような顔をしてノワが僕の顔を見る。
その時、信号が青に変わった。

「青だぞ」
「あぁ」

ノワは前方に向き直り、バイクがゆっくりと動き出す。

肝禿村か。
あそこは本当に何もなかったな。
あの村に比べればこの街は大都会だ。

空はこの街より高かったけど。


なんかポエム書きたくなってきたな。
ノート持って来ればよかった。

49 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/07/08(日) 00:10:46 ID:???
DEATH NOTEを失った後、いつかノートを取り戻した時の為にと作ったQちゃんノート。
気に入らない奴の名前をリストアップし続けて現在48冊目に突入している。
その内、半分近くのページがポエムで埋まっているのは内緒だ。


「そういえば」

不意にノワが後ろを振り返る。
前見て運転しろ。

「この街には鬱井達が住んでるんだったな」

ノワが懐かしい名前を口にした気がしたが、
僕はポエムを考えていたので聞いていなかった。


ところでバイクの三人乗りは法律で禁止されている。ダメ、絶対。

50 :おいら名無しさんヽ(´ー`)ノ:2007/07/15(日) 23:11:40 ID:lN40yxgB
ほっしゅ

51 :可児玉 ◆KANI/FOJKA :2007/07/18(水) 01:55:44 ID:???
ほしゅえらいなぁ

52 :アルケミ ◆go1scGQcTU :2007/07/18(水) 21:48:26 ID:???
うんうん

53 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/07/21(土) 23:28:05 ID:???
   13.俺と焼きそばパンとプリンセス



「その女とヤリたかっただけでしょ?」

下品。

身も蓋もないことをさらっと言っちゃうアホのミサを無視して俺は
焼きそばパンをもしゃり食う。

昼休み、俺は屋上にいた。
思春期真っ盛りな中学生の男女が屋上に二人きり……危険だ!

しかし過ちなど起こるはずもない。
何故なら俺とミサ以外にサトチーとポンコもいるもの。

俺達四人は屋上の真ん中で車座になって昼飯を食べるのが日課となっている。
おかげで俺達が腰を下ろしている辺りは長い間雨が降らないとなんか色々と
汚いことになる。たまには誰か掃除しろよ! せっかくジニが綺麗な学び舎にしたのに!


「聞いてんの? ヤリたかったんでしょ? ヤリ目的で声かけたんでしょ?」
「違うわアホ。なんも知らんくせに勝手なこと言うな」
「サユから聞いたもん」
「じゃあお前はサユが『昨日の夕方、駅前でジェノがオレンジ色に発光して
 その後二つに割れた』って言っても信じたんか!」
「あんたの言うことよりは信じるよ」

54 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/07/21(土) 23:33:56 ID:???
ぬぅぅこの女! というか俺のこの信用の無さ!

「マジで!?」
「マジマジ。サユが職員室で聞いたって」

俺は食べかけの焼きそばパンをミサの口に突っ込んでやろうとしたが、
俺の両隣に座っていたサトチーとポンコが間にいる俺を無視して何やら
盛り上がっているのに気付いた。

「でもこんな時期に転校してこないよな、普通」

とサトチー。
てんこう? プリンセス。それはテンコー。いやいや……。

「なんか外国から来るらしい」

とポンコ。

「外国? 外人?」
「ハーフ、らしい」
「マジでー。つか男? 女?」
「女、らしい」
「うおー」

おいおい何の話だ。
俺はミサの口に焼きそばパンを突っ込むのも忘れて二人の会話に聞き入っていた。
いや何で聞き入ってるんだ俺。参加すればいいじゃん。

55 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/07/21(土) 23:36:56 ID:???
「何の話?」

俺はポンコに尋ねてみた。

「あ? ジェノ知らんの? 明日うちのクラスに転校生が来るって」
「な、なんだってー」

これはミサの口に焼きそばパンを突っ込んでいる場合ではない。
だって外国からハーフの転校生が来るんだぜ! うちのクラスに! しかもプリンセス!

56 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/07/21(土) 23:40:31 ID:???
   14.僕と座玖屋邸



地図で見ればわかるんだが、ここはちょうど晴刷市の中心に位置する。

そんな聞かされたところでどう答えればいいのかわからない情報を
ノワが提供してくれたが僕は無視する。こんな街の地理なんて覚える気もない。
中心にあるからなんなの?

僕、ノワ、ポチの三人はびっくりモンキーからバイクで移動すること約10分、
何号線か知らない知りたくもない国道を真っ直ぐ行ったり信号で止まったり、
途中で右折したり左折したりしているうちに豚餌臭があまりしない閑静な住宅街に
入り込んでいた。どこだここ。あぁ晴刷市の真ん中だっけ。どうでもいいな。

「ここだ」

ノワがバイクを止めて顎で僕とポチに降りるよう促す。
その生意気な仕草を見て僕はちょっとムカつく。

「すげー、超いい家。ぜってー悪いことしてるよ、これ」

ポチは飛び跳ねるようにバイクから降りると、憧憬と嫉妬の入り混じった瞳で
目の前の座玖屋邸をまじまじと眺めながら率直で的確な感想を述べてくれた。

ポチは「マジハンパねぇ」だの「やべー」だのと興奮していてそんなポチを
何が本気で半端なくて何が危ないのだと僕が冷めた目で見ながらバイクを降りると
ノワが「おい」と言うので僕なんだその偉そうな口の利き方は馬鹿野郎と腹が立ったが
ノワの視線はポチに向いていたのでなんだじゃあいいやと僕は思った。のだが。

57 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/07/21(土) 23:44:58 ID:???
「つい勢いで連れて来てしまったが、そいつをどうする気だ?」

視線はポチに向いたままだったが、どうやら僕に言っているようだったので
僕は驚いてしまった。下僕のくせに主人に意見するとは。

大体なんだ今更? つい勢いで〜も糞もあるか。
ここまで何も言わなかったくせになんだこいつ。

「なんだお前!」
「な、なんだって……こっちのセリフだ。どうした」
「僕がポチを連れて来たことになにか文句があるのか。
 いや、それよりここまで連れて来たのはお前も一緒だろうが!」
「そ、それはそうだが……」
「なにが『そ、それはそうだがー』だ! 大体なぁ──」

湧き上がってくる怒りを抑えきれず、不逞な下僕を思いっきり罵倒してやろうと
した時、不意に座玖屋邸の無駄にでかい鉄製の門がギーニャニャニャと
生きたまますり潰された猫の鳴き声のような音を立てて開いた。

「おお、自動ドア」ポチがギーニャニャニャと開く門を見つめて目を輝かせた。
ドアじゃない。どうでもいいけど重そうな門だな。
きっと手動で開けるのは無理だろう。

「お待ちしておりました」

びっくりした。
門の向こうには、黒いスーツを着た男が立っていた。
門が開いた瞬間から居たはずなのに、声を発するまで存在に気づかなかった。
いや、気づかせなかったのだ。よくわからんがこいつもただの一般人ではないのだろう。
『人がゴミのようだ』とか言いそうな顔立ちだ。割と男前な眼鏡マン。
誰かに似てるな。いや似てない似てない。気のせい。

58 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/07/21(土) 23:47:54 ID:???
「こちらです」

男は眼鏡をくいっと中指で押し上げて、座玖屋邸に向かって音もなく歩き出した。
誰だお前は。名前くらい名乗れと不愉快に思いながら僕はノワとポチに目で合図を送る。
ノワは一瞬(おい、ほんとにこのままポチも連れて行くのか)的な目をしたが無視。
僕は男の後を追ってギーニャニャニャと鳴いた鉄製の物々しい門をくぐった。
どうすべきか迷ったようだが、結局ノワはポチを捨て置いて僕の後に続いて来た。
ポチは(え、俺はどうすればいいの)的な目で僕とノワを交互に見てオロオロしていた。
なにしてるんださっさと付いて来い、と僕は無言で手招きする。
ほらポチおいでおいで。わんわん。ポチは付いて来た。
これで後々なにかあってもここに来たのはお前の意思だからな!
文句言うなよ、いい子だから。

僕達は玄関へと続くアプローチを男から数メートル遅れて縦一列に並んで歩いた。
門から玄関までは20メートルほどあった。長い。

しかし、堂々と自宅に呼びつけるとは……。
僕はこの家の主(だと思われる)、座玖屋の神経を疑った。
仮にも裏社会(←恥ずかしい)に身を置いているくせによく平気で僕達を招待出来るな。
僕だったら死んでも嫌だ。
僕なんてノワにさえ自宅を教えていない。知ってそうだが。変態め。
急に腹が立ってきたのでノワを罵倒してやろうかと思ったが、前を歩いていた
男が立ち止まってこちらを振り返ったのでやめておいた。玄関だ。

「お入り下さい」

男はまた眼鏡をくいっと中指で押し上げながらギーニャニャニャの門に
勝るとも劣らない物々しい両開きの鉄扉を開けて、僕達に先に入るよう促した。
扉はギーニャニャニャとは鳴かなかった。

59 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/07/21(土) 23:52:14 ID:???
座玖屋邸の玄関は無駄に広かった。
扉を開けてすぐ目の前が壁になっていて、ちょうど目の高さに絵が飾ってあった。
腰まであろうかという長いブロンドの髪の少女が、無駄に高そうな額縁の中で
背を向けて立っている。

なんだこの絵は。

ただ少女が背を向けて立っているだけの絵。意味がわからん。
しかし何故か心惹かれるものがある。ふむふむ、どうやら僕はこの絵から芸術的な
何かを感じ取ったらしい。さすが僕だ。なんと高尚な感性。

僕は絵の前に立ち、じっくり鑑賞することにした。

絵の中心に背を向けた少女。
よく見ると、絵の中の少女はちょうど今僕がそうしているように
壁に向かって立っているのだとわかった。大理石っぽい壁。
そういえば今僕が見ているこの絵がかけられているのも大理石だ。
なんだか今こうして絵に向かって立っている僕の後ろ姿が誰かに
スケッチされているような気がした。変態め。

気を取り直して鑑賞を続ける。
少女は白いワンピースを着ていて素足だった。
どこだかわからないが少女はどうやら屋内にいるらしい。
む……? よく見るとこの少女、片腕がないぞ! 右腕が肩のすぐ下あたりから
描かれていない。左腕はちゃんと指の先まで描かれていて、置き場に
困ったように所在無くだらりと肩から垂れ下がっている。
少女以外に描かれているもので特に目を引くものは何もない。というか何もない。

ほうほう、ううむ。よくわからん絵だ。
しかし、感じる。感じるぞー。何かを。それが何かは説明出来ないが
芸術というものはそういうものだ。きっとそうだ。そうに違いない。
変に理屈付けることはない。見たまま、感じたままでいいのだ。たぶん。

60 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/07/21(土) 23:56:31 ID:???
なら僕は見たまま、感じたままでこの絵に何を思ったのか?

わからん。
別に何も思ってない気がする。

強いて言えば『なんだこの絵は』。

うーん、それでいいのか? そんなものか? そんなものか。まぁいいか。
うん、大丈夫。僕はちゃんと芸術を理解出来ている。出来てる出来てる。
げいじゅつはのびのびと、ゆたかなこころでだな……。

「おい……」
「ぬっ!?」

ノワに声をかけられ我に返った。
ノワとポチ、それに眼鏡男は既に靴を脱ぎ、スリッパに履き替えていた。
むぅ、やるな絵め。僕の時間を止めてしまうとは。すごい。ビバ芸術だ。

「失礼」

軽く咳払いして僕もスリッパに履き替えると、眼鏡男は無言で(しかも無表情で)
廊下を歩き出した。僕達三人も無言で男に続く。

廊下はやはりというべきか無駄に長く、僕はぱすぱすぱすぱぱぱすぱすと床に擦れる
スリッパの音だけを聴きながら歩いた。

途中で直角に曲がって、更に同じぐらいの距離をぱすぱすぱすぱぱぱすぱすと歩いて
ドアに突き当たると、眼鏡男は無言でドアを開けて僕達に先に進むよう目で促した。
僕達は無言で従う。
ドアを開けると正面に壁。で、また廊下だ。右と左に進めるがどっちに行けばいいのか
わからないので僕は眼鏡男を見る。眼鏡男は静かにドアを閉めると廊下を右に進んだ。
左に行ったら何があるのだろう。どうでもいいか。

61 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/07/22(日) 00:00:06 ID:???
眼鏡男に続いて更にぱすぱすぱすぱぱぱすぱすと10メートルほど進むと
廊下はT字になっていて、眼鏡男は迷うことなく左へ曲がった。
右に行ったら何があるのだろう。どうでもいいか。

T字を左に曲がるとすぐまたさっきと同じ作りのドア。
男がまた無言でドアを開けて僕達が先に進む。
男がドアを閉める前になんとなく今来た廊下の向こう側、
つまりT字を右に行った先には何があるのかと振り返って目をやってみると、
突き当たりに引き戸が見えた。あれは何の部屋だろう。どうでもいいか。

眼鏡男が静かにドアを閉める。それにしても機械のような動きだ。ロボだ。メカだ。


で、ドアをくぐるとここはリビング。

……広い! 広すぎる!
リビングというか、なんだこれは! パーティーが出来るぞ!
しかも吹き抜け! 2階が丸見えだ! 大変だ!
おお、天井でやっぱりあれが回っている。何の為に設置されているのかよくわからない
プロペラがまわっている! しかもしかも、当然だと言わんばかりにシャンデリアだ!
馬鹿か! やりすぎだ! 僕は興奮しながらリビングを見回した。

無駄に高そうなソファーやらなんやら、大人がすっぽり入れそうなでかい壷がある。
壁から鹿の首が飛び出している。さまようよろいが飾られている。
そして……少女の絵。

ほほう。

玄関にあったのと同じ無駄に高そうな額縁。
だが、絵が玄関にあったのとはちょっと違う。

62 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/07/22(日) 00:03:11 ID:???
腰まであるブロンドの髪の少女が体をやや半身に開いて立っている。
どうやら玄関にある絵に描かれていたのと同一人物のようだ。

少女は僕から見て斜め左を向いていて、体の向きに合わせて視線も鑑賞者に
対してでなくどこか遠くに向けていた。
そして右腕を視線の向いている方向に伸ばして、人差し指をぴんと立てて何かを指差していた。

ん? 何か違和感。……あぁそういうことか。
玄関で見たあの絵は、右腕を伸ばしていたのか。
玄関の絵の少女とこの絵の少女は同じポーズをとっているのだ。
後ろから見た図を描いていたから右腕がないように見えたのか。

それにしても、ふーむ。

なんだこの絵は。

玄関の絵と同様、少女はやはり素足だったが、こちらの絵も屋内にいるらしいと
いうことがなんとなくわかる。

少女は壁際に立っていて、その壁の少女の頭より少し高い位置から
鹿の首が飛び出している。絵の端にはさまようよろいが半分見切れて描かれている。

むむ? これ、この部屋じゃないのか? うん、絶対そうだ。
ということはあの玄関の絵も……。

「おい……」
「ぬっ!?」

ノワに声をかけられ我に返った。
ノワとポチが怪訝な顔で僕を見ていた。
眼鏡男も僕を見ていたが怪訝な顔ではなかった。無表情だ。
むぅ、やるな絵め。僕の時間を止めてしまうとは。すごい。ビバ芸術だ。

63 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/07/22(日) 00:05:30 ID:???
「失礼」

軽く咳払いして僕は眼鏡男にニコッと笑いかけた。
しかし眼鏡男は表情を変えずに軽く頭を下げただけだった。愛想のない奴だな。

さっき入ってきたドアの向かい側に、同じ作りのドアがある。
男はそのドアに向かって最短距離、且つ最小限の動きでススススと
足音もなく歩き出した。僕達三人も無言で男に続く。

そして例によって眼鏡男がドアを開け、僕達が先に進む。

ドアの向こうはまた廊下だった。廊下は直線で、20メートルほど先で
行き止まりになっていた。

僕達が開けたドアのすぐ傍にやはり同じ作りのドアがあり、その隣に階段があった。
眼鏡男はそのドアや階段には目もくれず廊下を一直線に廊下を進んで行く。
ぱすぱすぱすぱぱぱすぱすと僕達も後に続く。ぱすぱすぱすぱぱぱすぱす。
廊下の途中で他にもドアが三つほどあったが、男が手をかけたのは
突き当たりの左手にあった襖だった。和室のようだ。なんで和室なんだ。別にいいけど。

襖は音もなくスライドした。立て付けいいな。敷居に蝋燭でも塗ってるのだろうか。

「お連れしました」

眼鏡男が和室の奥に向かってよく通る、しかし静かな声で言った。

和室もまた無駄に広かった。20畳ぐらいだろうか。やりすぎだ。

64 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/07/22(日) 00:07:05 ID:???
座敷の中央には漆塗りの馬鹿でかい座卓がどんと置かれていた。
そして上座にアンソニー・ホプキンスが座っていた。レクター博士だ!
何故こんな所にあの名優が!? と思ったが当然別人だった。
よく似てるがよく見ると違う。そりゃそうだ。

「お待ちしておりましたよ」

和製アンソニー・ホプキンスが口を開いた。
──こいつが座玖屋か。

65 ::2007/08/02(木) 23:11:53 ID:???
保守

66 :おいら名無しさんヽ(´ー`)ノ:2007/08/06(月) 00:37:42 ID:Su8P5/b4
保守

67 :おいら名無しさんヽ(´ー`)ノ:2007/08/08(水) 01:27:13 ID:ImxvwQQ0
保守

68 :おいら名無しさんヽ(´ー`)ノ:2007/08/08(水) 19:57:06 ID:kuHaCB4r
保守

69 :おいら名無しさんヽ(´ー`)ノ:2007/08/12(日) 01:37:58 ID:wkqTL7os
保守

70 :おいら名無しさんヽ(´ー`)ノ:2007/08/12(日) 11:45:59 ID:???
http://hugecocksfree.com/6382/091104/08.jpg


71 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/14(火) 00:04:14 ID:???
   15.俺とクラス委員としてのサチコさん



明日来るという転校生について情報収集を開始しようとした時だった。

「ちょっとあなた達! 屋上は立ち入り禁止よっ!」

屋上に通じるドアが何者かに勢い良くぶち開けられると同時に、
大気が震えるほどの金切り声が耳を劈いた。

焼きそばパンを噴出しそうになるのをすんでの所で堪えて
ドアの方に目をやると、サチコさんが艶やかな黒髪を秋風に揺らせて仁王立ちしていた。
俺は慌てて焼きそばパンを飲み込む。飲み込んだところでどうにもならないのだが。

「いいじゃん別にーサチコも一緒に食べようよー」

恐れを知らないアホのミサが笑顔で手招きすると、
サチコさんは細く整った眉を吊り上げて俺達を睨みつけた。
俺はそんな目で見ないでハニーとか言おうと思ったが言ったらすべりそうな
気がしたのでやめておいた。いや、すべらないとしても言えない。

「あぁもう! こんなに散らかして! 誰が掃除するのよこれ!」

サチコさんがヒステリックに叫ぶ。
全くだ、せっかくジニが綺麗にしたのにね。

72 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/14(火) 00:08:49 ID:???
「もう! ほんとに……もう! だから屋上には鍵をって……もう!」

ぶつぶつ文句を言いながら、サチコさんは俺達が出したゴミを拾い始めた。

「大体なんでわざわざ屋上まで来て食べる必要があるのよ……もう!」

サチコさんの手が焼きそばパンが入ってた袋に伸びた時、
なんだか俺は急に申し訳ない気持ちになってきて、足元に転がってたコーヒーの
紙パック(ポンコが飲んでたやつ)を拾い上げた。そしたらサチコさんに奪い取られた。

「ジェノ君」

サチコさんがキッと俺を睨む。殺し屋のような眼光だった。
俺は思わず彼女から目を逸らしてしまう。
咄嗟に首を捻って助けを求めたのだが、サトチー・ポンコ・ミサはいつの間にか
消えていた。なんて薄情な奴らだ。素敵すぎる。

「ジェノ君はどうして問題ばっかり起こすの?」

サチコさんが紙パックから突き出たストローを指で優しく容器の中に押し込む。
俺は何故かストローになりたいと思った。変態か。

「俺、問題なんて起こしてないよ」
「今、起こしてるじゃない」
「こんなんモンダイのうちに入らねーよ」
「そうね。今まであなたが……いや、あなた“達”が起こした問題に比べれば
 たいしたことはないかもしれないわね」
「う……」

73 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/14(火) 00:16:20 ID:???
サチコさんの冷ややかな目が痛い。
彼女が言ってるのは俺とサトチーとポンコが過去に実行した数々の愉快な企画の
ことだろう。
理科室で鍋パーティー事件とか、自習の時間にプレステ2事件とか、グラウンドに
卑猥なミステリーサークル事件とか、五月だけど勝手にプールに水入れて
ウォーターボーイズごっこ事件とか、昼の校内放送でエロ小説を朗読事件とか。
サチコさんはどれのこと言ってるんだろうか。

「あのねぇジェノ君、いい? 理科室で白菜をつっついても、教室でエスタークを
 倒しても、校庭に変なマークを描いても、プールでカーペンターズの曲流して
 シンクロしても、放送室で気持ち悪い喘ぎ声出しても、成績は上がらないのよ?」

どうやら全部らしかった。
サチコさんは俺の過去の武勇伝を至って真剣な顔つきで、しかし冷めた口調で
淡々と並べるので俺はすっごい恥ずかしくなった。

「か、関係ねーだろ」
「関係なくないわよ。だって──」

と、言いかけてサチコさんはきゅっと口を引き結んだ。
俺はそんなサチコさんを見てちょっと、ていうかめっちゃ胸が痛む。

関係なくないわよ。だって──私はクラス委員だもの。

きっとそう言おうとしたんだろう。
同じクラスの俺が問題を起こすと、クラス委員であるサチコさんの評価が下がる。
そういうことなのだ。

74 : ◆K.tai/y5Gg :2007/08/14(火) 00:17:14 ID:???
おらよ

75 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/14(火) 00:22:30 ID:???
   16.僕とオッサン二人のしょうもない会話



「座玖屋です」

そう言って、和製アンソニー・ホプキンスが恭しく頭を下げた。
やはりこの男が座玖屋か。とりあえず見た目だけで判断するとそこそこ
貫禄はあるなぁなどと思っていると、ノワが「ノワだ」と仏頂面で名乗った。
こいつは貫禄ないな。全くない。
ポチはポチでどこに目をやればいいのかわからないといった風におどおどしている。

「さ、どうぞお座り下さい」

座玖屋に促され、僕達は座玖屋と対面する形で座卓に三人並んで座った。
僕達が腰を落ち着かせたのを見て取ると、座玖屋は目だけを動かして眼鏡男を
一瞥した。すると眼鏡男はこくりと頷き、無言で和室から出て行った。

「いやしかし、華鼬の頭首がこんなお嬢さんだとは」

お嬢さん……僕のことらしい。
座玖屋は顔全体の筋肉を弛緩させて笑顔を作っていたが、
その目が笑っていないことに僕は気付いた。

僕を、そして僕の隣にいる下僕と犬を品定めするような目だった。

「ところで……その、そちらの方は随分とお若いようですが」

座玖屋がポチの顔を覗き込むように見ながら言った。
そりゃそうだ。ポチはどこからどう見ても中学生だ。制服着てるし。
しかしまさかさっき知り合ったばかりのどこにでもいる中学生を
こんな場に連れて来ているとは思いもしていないだろう。

76 : ◆K.tai/y5Gg :2007/08/14(火) 00:27:43 ID:???
かかってんの

77 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/14(火) 00:28:39 ID:???
「これはポチです。まだ若いですがこう見えてもうちの組織では
 序列8位の腕利きでね。“アンチェイン”という異名を持っています。
 『誰も奴を飼いならすことは出来ない』と恐れられている狂犬みたいな奴です」

僕は適当に出鱈目を並べたが、座玖屋は「ほほお」と驚いたような
表情をわざとらしく作ってみせただけで、それ以上ポチの素性については
触れようとしなかった。賢明だ。こいつに触れたら怪我するぜ。

僕はそれから適当にノワのことも紹介した。どうでもいいので省略。

「どうですか、華鼬さんの方は」

唐突に主語のない質問をされて僕は返答に困ったが、
僕の代わりにノワが「まぁ、それなりに」と答えた。

「それは羨ましいですな。うちは例の件ですっかり警察に睨まれてましてね」

例の件。
ユーモリだかタモリだかが殺された事件のことか。

「ユーモリを殺ったのはやはり敵対している組織なのか?」とノワ。
「いや、それが皆目わからない。正直、警察に頼るしかありませんな」と座玖屋。
「心当たりぐらいはあるだろう」とノワ。
「はは……まるで事情聴取ですな。警察にも同じ事を聞かれましたが」と座玖屋。
「ないのか」とノワ。
「まぁアレも“色々と”やっておりましたからな。
 組織とは関係のないところでも相当恨みを買っておったんでしょう」と座玖屋。
「心当たりがありすぎるというところか」とノワ。
「そうですな。それはワシにもいえることですが」と座玖屋。

78 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/14(火) 00:35:34 ID:???
座玖屋はハッハッハと笑いノワはクックックと笑っていた。
なにがおもろいねんと僕は心の中で毒づいたが、いやしかし、ちょっと待て。
さっきから僕を無視して何を二人で楽しげに会話を弾ませてやがるかこいつらは。
腹が立ってきたぞ。立腹だ。僕は、何事も僕が中心に事が進まないと気に入らないのに。

ノワと座玖屋は更に会話を弾ませ、それから十分ほどこの街の裏事情ネタでおおいに
盛り上がっていた。
僕は無理やりにでも会話に加わってやろうと思い、会話の流れに飛び込むタイミングを
ずっと計っていたが、どうにもオッサン二人のアウトロー話に割って入る事が出来ず、
ただただオッサン二人の繰り出すどうでもいい話を聞いては流し、聞いては流していた。

「ほう、ノワさんは釣りをおやりに?」
「いや趣味というほどではないんだが」

更に更に二人の会話は弾み、いよいよどうでもいい話題が僕の目の前を行き交う。
僕とポチの存在を完全に忘れ去っているようだ。友達かお前ら。
馴れ合うな気色悪い。あー気色悪い。死ねばいいのに。
なぁポチ? と僕はポチの顔を見る。こんなオッサン達はほっといて二人で話そう。

「なぁポチ?」
「え? ……あ、はい」
「なんだその反応は」

僕が声をかけるとポチはどこか上の空で、落ち着きなく体をくねくねさせていた。

79 : ◆K.tai/y5Gg :2007/08/14(火) 00:42:08 ID:???
もっかい

80 : ◆K.tai/y5Gg :2007/08/14(火) 00:42:50 ID:???
もひとつ

81 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/14(火) 00:43:35 ID:???
「どうした。トイレにでも行きたいのか」
「いや、そろそろ帰らないと……」
「なに中学生みたいなこと言ってるんだ」
「いや俺バリバリ現役の中学生だし」
「そうだったか。今何時だ」
「もう8時前ッス」
「門限あるのか。そんな馬鹿みたいな顔してるくせに」
「ひでぇ」

ポチは悲しそうな顔をした。
僕はちょっと愉快な気持ちになった。
ノワと座玖屋はまだ訳のわからない話で盛り上がっていた。

「ふむ、まぁいいだろう。今日は帰れ」
「無理やり連れてきといて……あんた自己チューだな」
「誰があんただ。年上に向かって」
「そういや名前聞いてないんだけど……なんて呼べばいいんだよ。
 ハナ……ハナイタチ? だっけ? それ本名なの?」
「そうそう。花井タチという。
 植物の『花』に井戸の『井』に『タチ』だ。覚えておけ」
「ふぅん。変な名前」

僕はもちろん嘘をついている訳だが、何の意味も目的もない。
なんとなくポチをからかってるだけだ。

「じゃ、俺そろそろ……」

僕のついた嘘に微塵も疑いを抱かず、ポチはそそくさと立ち上がった。
すると悪人丸出しの顔でアウトロー話に花を咲かせていたノワと座玖屋が
会話を中断してポチを見た。

82 : ◆K.tai/y5Gg :2007/08/14(火) 00:45:25 ID:???
時系列が飲み込めない。読み直さないとダメかなこりゃ

83 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/14(火) 00:48:12 ID:???
「どうされました?」

座玖屋が訝しげな目で立ち上がったポチを見上げた。

「いや実は」座玖屋の問いかけに口を開いたのはポチではなく僕だ。
彼はこれからちょっと殺しの仕事が入ってまして、とまた意味もなく
適当な嘘をついてやろうと思ったのだ。本当に意味はないのだけれど。
が、しかし。

「お帰りになられるそうです」

誰かが僕の些細な楽しみを奪ってしまう。
誰だ、空気の読めない奴めと僕はその空気の読めない奴の顔を睨んだ。

眼鏡男だ。

あれ? なんでいるんだこいつ。いつの間に。
先程、座玖屋に目で促され座敷を音もなく出て行ったはずの眼鏡男が
座卓を挟んだ向かい側で姿勢良く座っていた。
そして僕は自分の目の前に湯飲みが置かれているのに気付いた。

お茶だ!

いや別に驚くことではない。
ここは座敷で、僕達は客人だ。
客が来たらそりゃ茶ぐらい出すだろう。むしろお茶請けも出しやがれとさえ思う。
しかしこの眼鏡男、今の今まで完全に気配が消えていた。
それが意図的な所作だとしたら達人だ。

だけど「お茶置いときますね〜」ぐらい言えよ。もう冷めてるじゃないか。
気が利くのか利かんのかわからん奴だ。

84 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/14(火) 00:52:06 ID:???
とか思ってる間にまた眼鏡男が僕の視界から消え去る。
しかし今度は気配を感じた。

眼鏡男は僕の背後に立っていた。
その隣には居心地の悪そうな顔をしているポチ。
眼鏡男は無駄のない動きで静かに襖を開いた。
どうやらポチを玄関まで送ろうとしているらしい。

僕は眼鏡男と一緒にポチを玄関まで送ることにした。
一応座玖屋に断りを入れてから、僕はポチと眼鏡男と三人で座敷を出る。

玄関までひたすら無言だった。

ぱすぱすぱすぱぱぱすぱすと来た時と同じ道を正確に逆行して玄関に辿り着く。
僕はスリッパを履いたままポチを見送るつもりだったのだが、眼鏡男が
靴に履き替えたのを見て僕もそうすることにした。

どうやら客人を敷地の外に追いやるまでは安心出来ない、ということらしい。
眼鏡男の鋭い眼光がそれを物語っている。うん、いい心がけだね。

玄関を出て、僕達は無駄に長いアプローチを黙々と歩く。
そして僕達が鉄製の門の所まで来ると、門は来た時と同じようにギーニャニャニャと
鳴きながら独りでに開いた。
どういう仕掛けになっているのだろうと不思議に思いながら僕はポチと共に
門をくぐった。眼鏡男はついて来なかった。

敷地の外に出るとポチは僕と目を合わせようともせず、
気まずそうに視線を宙に彷徨わせ始めた。
ポチは随分長い間、唇を尖らせたり、眉間に皺を寄せたり、片方の眉だけ上げたり、
首をちょっと捻ったり、体を左右に揺らしたりしていた。
僕はそんな彼の挙動を見るともなく見ていた。

85 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/14(火) 00:53:58 ID:???
やがてポチは何か言おうとしたのか口を開きかけが、2秒ほど口を半開きに
しただけで結局何も言わずにすぐに口を閉じた。
ポチは笑っているのか怒っているのかよくわからない微妙な表情を浮かべて、
前髪を右手の親指と人差し指で摘んだ。
ポチは親指と人差し指の間にあるその髪の毛が本当に自分の物であるかを
確かめるように顔の前方に引っ張りながら、指と指の間から飛び出した毛先の束を
見つめていた。

ふと振り返ると、門の向こうに眼鏡男が立っていた。
眼鏡男は直立不動で前を向いていた。視線は僕にもポチにも向いていなかった。

「あのさぁ」

僕が後ろを振り返ったのを契機となったのか定かではないが、突然ポチが口を開いた。

「なんだ」

眼鏡男から目を切り、返事をしながらポチに向き直る。
ポチは前髪を摘んだままだったが、目線はこちらに向いていた。
ほんの一瞬目が合ったが、ポチはすぐに僕から目を逸らした。

「なんで俺をここに連れて来た?」

座玖屋邸を囲む高い塀に向かって吐き捨てるようにポチは言った。
ふむ、今更だな。だが考えてみれば当然の質問だ。仕方ないので、

「面白そうだったから」

と僕は正直に答えた。

86 : ◆K.tai/y5Gg :2007/08/14(火) 00:58:45 ID:???
完全九州視点でのはないたちがもう一本書けそうだ

87 : ◆K.tai/y5Gg :2007/08/14(火) 01:07:15 ID:???
もっかいかな

88 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/14(火) 01:07:55 ID:???
「面白そうって……そんな、あんたなぁ」
「あんた言うな」
「あなたね」
「ふむ。……なんだ? 今の答えになにか不満でも?」
「いやあるよそりゃ」
「なにが」
「なにって……なにが面白いの?」
「面白い、とは言ってない。面白そう、だった、と言ったんだ」
「じゃあ言い直して……何が面白そうだったんだよ」
「さぁ?」
「さぁって……そんな、あんたなぁ」
「あんた言うな」
「あなたね」
「待て」

僕はそこでポチの顔の前に手を翳してポチを黙らせる。

「なんスか」

会話のリズムを崩されてポチは調子が狂ったのか、不満気に目を細めた。

「君こそ、なんで付いて来た?」
「な、なんでって」

ポチは明らかに動揺した。意外な反応だ。

僕は面白そうだったからポチを連れて来た。

なら逆にポチはどうして付いて来たのか?
ふと気になったのだが、これも当然といえば当然の質問だ。

89 : ◆K.tai/y5Gg :2007/08/14(火) 01:10:40 ID:???
嗅ぐのが精一杯

90 : ◆K.tai/y5Gg :2007/08/14(火) 01:11:23 ID:???
誤爆じゃないよ。支援したんだよ

91 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/14(火) 01:12:58 ID:???
普通付いて来る訳がない。
半ば強引だったとしても、逃げるチャンスはいくらでもあったはずなのに。

「なんでだ?」 

僕はもう一度訊いた。
するとポチは舌打ちして「──面白そうだったから」と弱々しい声で答えた。

うむ!

「だろ?」僕はポチの肩をぽんぽんと二度叩いた。それでいい。うっふふ。
理由なんて『面白そうだったから』で充分だ。自分の行動に意味なんて求めなくていい。
うんうん、いい子だポチ。「よーしよしよし」と僕はポチの頭を撫でる。
力いっぱい撫でる。ポチは少し嫌そうだった。でもちょっと嬉しそうだった。

一頻り愛でてから、僕は思い切りポチを突き飛ばした。
ポチは「ぐわっ」と短く悲鳴をあげて地べたに転がった。

「な、なにすんの!?」

地べたに座ったまま、ポチは泣きそうな顔で僕を見上げる。
僕はポチのその表情に非常に満足したので座玖屋達の所へ戻ることにした。

「じゃあな」

僕は呆然と地べたに座っているポチに手を振って、門に向かって歩き出した。
眼鏡男はさっきと全く同じ位置に、全く同じ姿勢のまま、全く同じ表情を浮かべて
立っていた。ポチは今どんな顔をしているのだろうと気になったが、
僕は振り返らなかった。

門の所まで戻ると眼鏡男はくるりと僕に背を向け、玄関へと足早に歩き出した。
僕が門をくぐると、門はギーニャニャニャと鳴きながら独りでに閉まった。

92 :おいら名無しさんヽ(´ー`)ノ:2007/08/14(火) 01:15:22 ID:???
ちょっと

93 : ◆K.tai/y5Gg :2007/08/14(火) 01:15:23 ID:???
17号思い出した

94 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/14(火) 01:16:32 ID:???
玄関でスリッパに履き替え、邸内をぱすぱす歩いて和室へ。
その間もちろん眼鏡男との会話はなかった。


最初に来た時と同じように、眼鏡男が機械のように無駄のない動きで襖を
スライドさせる。

絵がある。

玄関やリビングにあったあの少女の絵がそこにあった。

あれ? こんな絵さっきあったっけと僕は思う。
いやなかったぞ、さっきはなかった。
なかったというか、その前になんで絵が座ってるんだ。額縁もないし。
いや、絵じゃないなこれ。立体的過ぎるな。ていうか……動いてるな。

「御挨拶しなさい」

僕が目の前のやたらリアルな少女の絵のようなものというか絵じゃないそれを
なんだこれと思いながら見ていると、座玖屋が僕の目の前のやたらリアルな
少女の絵のようなものというか絵じゃないそれに向かって目配せした。ん?

座玖屋に促され、僕の目の前のやたらリアルな少女の絵のようなものというか
絵じゃないそれ改めちゃんと生きてるっぽい息してるっぽい女の子、正確にいうと
あの絵のモデルと思われるブロンドの髪の少女が僕に頭を下げた。

「きらたまです」

95 :おいら名無しさんヽ(´ー`)ノ:2007/08/14(火) 01:18:36 ID:???
な、

96 : ◆K.tai/y5Gg :2007/08/14(火) 01:18:37 ID:???
んだってー

97 :おいら名無しさんヽ(´ー`)ノ:2007/08/18(土) 21:05:40 ID:???


98 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/18(土) 23:09:25 ID:???
   17.俺とベルベットの空



どこか寂しげな表情で俺を見つめるサチコさんに、
俺は何故だか昨日会ったばかりのハナちゃんの姿を重ねてしまった。

俺の目の前にいるのはサチコさんであって、ハナちゃんではない。
外見からして全然似てない。共通しているのは二人とも女で、
綺麗な黒髪をしてるってことぐらいだ。
性格も全然違う、と思う。
サチコさんはあんなにエキセントリックじゃないし。たぶん。

頭ではわかっているつもりだったが、それでも俺の目にはサチコさんと
ハナちゃんがダブって見えた。

それはきっと、彼女“達”を前にした時の、俺のびみょーな、心情の機微ってのが
深く関係しているのだと思う。わからんけど。

「……いつだってそうなんだから」

消え入りそうな声だった。
その声に、俺の心はひどく掻き乱された。
今、この場には俺とサチコさんしかいない。
なのにその声は、彼女の言葉は、俺ではない別の誰かへ──或いはここではない
どこかへと向けられているように聞こえた。

99 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/18(土) 23:15:54 ID:???
「私の気持ちなんて知らないで──」

不意に乾いた風が吹き抜けた。
曇りがちな表情とは裏腹に、彼女の艶やかな黒髪がヴィヴィットに揺れる。
俺はなんだかケツが痒くなってきた。

たかがエアー如きが俺の情緒をどうこうするんじゃねぇよ。

「なぁ」

屋上に好きな子と二人っきりというシチュエーション。

──だけどなんか修羅場チックで。

俺は俺とサチコさんとの間に流れてる気まずい空気に耐え切れず、
後先考えずに口を開いてみた。

「なんでいっつも俺のやることに口出しすんのさ」

言ってから後悔した。
もうちょっと言葉選べよ、俺。

「それを言うなら“俺の”じゃなくて“俺達の”でしょ」

あっそう。
可愛くないね。可愛いけど。

「なんでいっつも俺達のやることに口出しすんのさ」

サチコさんに添削してもらった通りに俺は言い直す。
するとサチコさんはふっと力なく笑って、俺から目を逸らせた。

100 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/18(土) 23:21:06 ID:???
「聞いてんの」

俺はしつこく問い詰める。
答えはわかりきっているはずなのに。
なんでやねん。やめとけジェノ。今なら傷は浅いぞーと俺は俺に待ったをかけるが、
それでも俺の口は勝手に動く。

「なぁ、なんでだって聞いてんだよ、おい」

とかなんか横柄な口調の俺。えー、なんでお前そんな偉そうなのと
俺は自分にちょっとひくがそれでもやっぱり俺の口は止まらない。

「はっきり言えよ。“私はクラス委員だから点数稼ぐのに必死なんです”ってよ」

うわ〜言っちゃった自分が悪いくせに言っちゃった。 
思春期の少年の複雑な心境とかで誤魔化せるレベルじゃねーぞ!
と内心あうあうなくせにどんどんアドレナリンが分泌されていくのを感じる。
なにを興奮してるんだ俺は。変態なのか。そうだ変態なんだよ俺は。へっへっへ。
もうどうにでもなれっつーの知るかボケさようならグッバイマイラブ。

「やっぱりわかってない」

えぇ、えぇ、わかりませんよ。わかりませんとも。
そんな、お前。女子の気持ちとかさ。授業で習ってないし。

え? どういう意味? なにがわかってないの俺は? 

101 : ◆K.tai/y5Gg :2007/08/18(土) 23:22:02 ID:???
風呂入る前に支援

102 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/18(土) 23:25:16 ID:???
「なにが」

俺はアホみたいに聞き返した。

「わかんない人に言ったって仕方ないでしょ」

サチコさんは俺から目を逸らしたまま、どこか遠くを見ながら言った。
俺は彼女の視線の先を追ってみたが、乾いた、それでいてどこか
なめらかな空がどこまでも続いてるだけだった。

「男の子っていつもそうなんだから」

ベルベットの空の下で微かに震えるサチコさんの声はすげぇ空虚で──。

秋だなぁ……とか俺は全然関係ないことをしみじみ思ったりしていた。

103 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/18(土) 23:32:10 ID:???
   18.僕と謎の洋菓子



きらたまと名乗った少女は、見れば見るほどあの絵に描かれた少女とそっくりだった。

──というのが第一印象だったのだが、もちろんこの印象には誤謬がある。
座卓を挟んだ向こうに確実に存在しているこの少女があの絵の少女に似ているのでは
なく、あの絵の少女が目の前の少女に似ているのだ。
つまりあの絵のモデルはこのきらたまなのだろう、と僕は解釈していた。

「さて、役者が揃った……というと大袈裟ですが、
 そろそろ本題に入りたいと思いますがいかがかな? ノワさん、九州さん」

座玖屋が僕の本名を知っていたのにはいささか驚いたが、そんなことより
ノワさん、九州さん、と僕より先にノワの名前を口にしたのが気に入らなかった。

「あぁ」

とノワもノワですっかり僕を差し置くことに抵抗がなくなっている様子だった。
くたばりさらせ。

「まずは座玖屋ファミリーの二代目として、単刀直入にこちらの意向を
 述べさせていただきますが──」

座玖屋の表情がうさんくさいオッサンから組織の長としてのそれに変わった。
うむ。メリハリをつけるのはいいことだ。ノワなんて常に仏頂面だからなぁ。

「──この街に、同じような組織は二つも要らないとは思いませんか」

ぜんぜん単刀直入じゃないぞ、と僕は思う。
それどころか質問してるじゃないか。

104 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/18(土) 23:38:09 ID:???
「……と言うと?」

ノワはメリハリのない仏頂面で尋ね返す。

「言葉そのままの意味です」

座玖屋は好々爺めいた笑みを浮かべて言ったが、やはり目は笑っていなかった。
むしろ今までにない鋭利な視線で、僕とノワを同時に射抜いていた。

「言ってる意味がよくわからないな」

ノワも負けじと座玖屋に鋭い眼光を射返す。
でもこいつときたら本当に阿呆だから、本気で座玖屋の言っていることが
わかっていないかもしれない。大丈夫か、ノワ。大丈夫なのか。

「我々が選ぶべき道は二つの内どちらかです。共存か、淘汰か」

ここで話がようやく本題に入った。
議題は華鼬と座玖屋ファミリーのこれからについて、だ。

「極論だな」

ノワはふっ、とかいってすかしくさる。
僕は(あ、こいつ駄目だ。たぶん駄目だ)と直感しつつ、しばらく傍観することにした。

「何も難しい話をしているつもりはありません。至極、簡単なことです」

座玖屋は口元に笑みを湛えたままノワ一人に焦点を定めた。

自分から結論を切り出そうとはしないあたりがあざとい。
この狸オヤジめ。

105 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/18(土) 23:44:15 ID:???
「もしも俺達にこの街から退けというのなら、それは出来ない相談だな」

ノワが目を細めてすかぽんに抜けたことを言う。
本当に駄目だな、こいつは。がっかりした。君には本当にがっかりしたよノワ。
そんな中身を刳り貫かれたスポンジケーキみたいな脳みそでよくぞ今まで組織を
引っ張ってこれたなと逆に感心してしまうよ、僕は。

「ははは……ノワさんは意外とスマートな方なのですな」

ほら、狸もへその上に茶釜乗せて笑ってるぜ。

「いや、堅実というべきかな」

しかも的はずれなフォローまで入れられるという始末だった。
眉間にありったけの皺を寄せて何か考えている風なノワを見て、
僕はなんだか自分のことのように恥ずかしくなった。どうすんの、ねぇ。

「……どちらかがこの街から手を引くべきだ、と俺は思っているんだがな」

ノワは油揚げをカツアゲされた狐みたいな顔をして呑気なことを言う。
そういえば狐に似てるよ君は。どちらかというとね。

「ですから、それ以外にもう一つ選択肢がある、と私は言いたいのですよ」

座玖屋の笑みにうっすら皮肉さが宿った。
もう彼の中では、組織を預かる長としての自分とノワの優劣さは
明確になっていることだろう。

「意味がわからんな。はっきり言ってくれ」

ノワは訝しげに座玖屋を睨みつける。
目の奥に微かな困惑の色が見えた。

106 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/18(土) 23:49:39 ID:???
「ですから、つまりですな──」

座玖屋は苛立った素振りも見せなかったが、声が若干くたびれていた。
そこで僕は、

「道は二つしかないのでしょうか」

と座玖屋の言葉を遮った。
もうノワには任せておけない。
組織なんてどうなったってかまわないが、僕まで格下に見られるのは御免だ。

「なんだ九州、今は俺が──」

ノワがなんか言ってるけど丸ごと聞き流す。
油揚げは僕が取り返してやるからお前はコーンコーンとでも鳴いてろ。

「あなたが提示した共存と淘汰という道は、選択としてはあまりにも究極的過ぎる」
「ほう……と、仰ると?」

なにがオッシャルトだオッサン。洋菓子かよ。

「今まで華鼬も座玖屋ファミリーも、仕事上でバッティングすることは特に
 なかった。なら今まで通りでいい」
「まぁ或いはそれが一番賢明かもしれませんな。ですが状況的にそうは
 言っていられないでしょう。お互いに」
「そうでしょうか」

僕は一旦座玖屋から目を切ってノワを一瞥した。
ノワは油揚げが還って来ないので阿呆みたいな顔をしていた。

107 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/18(土) 23:54:32 ID:???
「最初に……お二方がここにやってきてすぐに……ですが、お話した通り、
 警察の目がどうにも厳しいでしょう。このままそれぞれに好き勝手な
 ことをやっているよりは、と思うのですがね」
「だからそれはそちらの勝手な見解でしょう? 僕はそうは思わない」
「この先仕事がやりにくくなるというのは明白です」
「仕事がやりにくくなるという具体的な根拠を示せ、なんて言うつもりは毛頭
 ありませんが、僕にはどうも納得がいかない」
「と、仰ると?」

またオッシャルトか! と言いたいのをぐっと堪える。

「そもそも、困窮しているのはそちらだけでしょう。
 ウチには関係のない話だ」
「困っているのは確かですが、窮しているというほどでもない」
「それこそ先を見通せていない。このまま行けば座玖屋ファミリーが
 組織として立ち行かなくなるのは火を見るより明らかだ」
「ならばそれはやはり華鼬にも言えることだ」
「いや、そんなことはない」

僕は意図的に論点をずらそうと詭弁を弄しているのだが、それはこのオッサンに
イニシアティブを執られたくないだけだ。相手が何を狙っているのか瞭然である以上、
交渉を始めるにあたってまずやるべきことは主導権を握る事だ。
というかそれよりなにより、このオッサンの飄々とした受け答えが気に入らない。

僕はどうにかしてこの大物ぶった狸オヤジの化けの皮を剥いで
ぎゃふんぽんぽこちーんと泣かせてやりたいのだ。

108 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/18(土) 23:59:18 ID:???
そもそも僕は他人に、万年筆を指差しながらディスイズアペンと当たり前の
ことを言われるとノー、ディスイズアデスクと否定したくなる性分なのだ。
そんな腐れ真理を説こうとする傲慢なうんこみたいな奴をあの手この手で
どうにかして言いくるめて最終的には相手の既成概念を強引に捻じ曲げて
イエス、アイアムアペンと言わせたいのだ。そこまで求めるのはちょっと
やりすぎかな僕ってちょっとあれなのかなと思うときもあるけれど、
それでも僕は死ぬまで僕でありたい。何の話だ。

思考を元に戻して。

「──警察はどうにでも出来ます。……ウチはね」

これはただのハッタリだ。
いくら吊がけいさつのえらいひとでも『晴刷市での華鼬が関わる犯罪は
ぜーんぶ見て見ぬふり!』とか、そんな権限ないだろう。
むしろ『あんま派手なことやんなよ〜』って思ってるはずだ。

「ふむ、相当太いパイプがあると見えますな」

座玖屋の目の色が露骨に変わる。
これがこのオッサンの狙っているものの一つなのだ。
ほんとはそんなたいしたもんじゃないのにね。あほだね。フールガイだね。

「あなたがどうして警察を意識しているのかがよくわからない」

二つの意味を持たせて僕は言った。
そして座玖屋がどちらの意味でとるかによってこちらの出方も変えなくてはいけない。

「強いて言うなら先々を見越して、ですな」

座玖屋は年のわりにつるつるした顎をさすさすしながら曖昧に答える。
やっぱり煮ても焼いても食えそうにないオッサンだ。

109 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/19(日) 00:03:37 ID:???
「なら同業の誼で、ウチから警察に根回ししましょうか。
 座玖屋ファミリーのことはある程度目を瞑れ、と」

と僕がくそハッタリをかますと、

「ほぉ……そんなことが……」

座玖屋は『まさかそうくるとは〜!』みたいな顔をしたので僕はぷぷぷ、ばーか。
お前の思い通りにいくと思うなよ! どうだオッサン、これで断れるもんなら
断ってみろハゲ! ハゲてないけど。ていうか根回しとか絶対無理だけど!
と心の中でほくそ笑んだ。

「いやそれは有難い話ですな。正直、華鼬を侮っておりましたよ」

座玖屋ニコニコ。僕は内心爆笑。

勝った! これは圧勝した! 
と僕は叫びたいのを必死で我慢した。

「ですが、それよりももっといい方法があると思うのです」

ニコちゃん顔をキープしたまま座玖屋が言った。
このオッサン、中々どうして強欲なオッサンである。
さっきまでの愉快な気分は跡形もなく吹き飛んでしまった。

「警察としては、二つの組織を放し飼いにしておくよりも、
 一つの組織にまとまってくれた方がやりやすいのではないでしょうかね」

と、ここで座玖屋は僕の撒いた餌を媒介にして一気に核心に迫って来た。
しかし、それでも結論を口には出そうとしない。

110 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/19(日) 00:07:25 ID:???
メインディッシュを目前にした狸は毒々しい笑みを浮かべて僕の
お皿を狙っている。油揚げはもうどっかに飛んでった。ごめんなノワ。
そうえいば狸ってなにが好きなんだろう。

とりあえず、僕はさらっと話を逸らすことにした。

「ところで、はなしをすこしもどしますけど」

我ながら素晴らしい話術だと思った。

「なんですかな」

拍子抜けしたように座玖屋の顔から毒気が抜けてゆく。

「そもそも、本当に選択肢は二つしかないのか、という」
「あぁ、確か先程そんなことを」
「うんそう。あのね、あれってちょっとおかしいとおもう」
「と、仰ると?」

オッシャルト好きだなこのオッサン。
そろそろ僕にも食べさせてほしい。

「あなたが望んでいるのは共存のようですが──」
「おや? そんなことは一言も申してませんが」

黙れ。

「──ですが、はたしてそれが最良な道なのでしょうか」
「と、仰ると?」

はいはい、食べたい食べたい。

111 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/19(日) 00:11:39 ID:???
「あなたは共存の対義語として“淘汰”という言葉を使われたようですが、
 いや、そのことについては特にケチをつけるつもりはないのですが──
 “淘汰”というのは即ちそれ自体が結論であって、選択肢とは言い難い」
「と、仰ると?」

おいオッサン、わざと言ってるだろう? ぶっとばすぞ。おう?

「さっきはノワがマヌ──」

と言いかけて僕は喉をんむぎゅと締めて言葉を飲み込む。
あやうく本人を目の前にしてマヌケと言ってしまうところだった。

「マヌ?」
「マヌーサ」
「は?」
「幻術です」
「はぁ?」
「つまり、ノワが」

頭がボケてまして、というのもちょっとあれだな。

「まぁぶっちゃけて言うと、ほら、こういう場だとなんでもかんでも本音で
 話さないでしょう。……あなたのように」
「それはお互い様でしょう」
「またまた」
「いやいや」

112 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/19(日) 00:16:07 ID:???
と気色悪い謙遜のやり合いになって僕は吐き気がしたがノワが横から「俺が何なんだ?」
とか何故か不安げな顔で聞くのでこいつうざいなと更に僕は気を滅入らせてうんざり
して無視したが「なぁ、幻術ってなんだ」としつこく聞いてくるので僕は本気で
ノワに殺意を抱きつつも仕方なく「君はたいしたネゴシエーターだねってことだよ」と
上手いこと誤魔化したつもりだったのだがノワは阿呆なので僕の言ってることが理解
出来なかったらしく「なんで俺が?」と質問を重ねてきてほんとお前たいした奴だよ
ぶっ殺すぞと僕は怒りをぶちまけそうになったがギリギリのところで堪えて優しく
「だから君が最初の方に座玖屋さんと話してたでしょうその時の君の暖簾に腕押し
っぷりは見事なものだったね座玖屋さんもすっかり呑まれるところだったと言ってるよ
そうそれこそまるで君の幻術に惑わされるところだったとねでもまぁそれは座玖屋さん
なりの謙遜で調子を合わせてくれてるんだけどねいや何も君をからかってそんなことを
言ってるんじゃないんだよほんとだよ」と説明してやるとノワは納得いったのか何なのか
いつもの仏頂面に戻って何度もこくこくと頷いていたのでどうやらとりあえずは
誤魔化せたと判断して僕はオッシャルト食べたいなと思った。

「ともかく」

仕切りなおして。

「ノワは“どちらかがこの街から手を引くべき”と言いましたが……
 まぁそれは彼の交渉テクニックだったんですけど……」

一応そう前置きして……ていうか、誰かノワぶっ殺してくれないかな? 
煩わせやがって鬱陶しい。

なんかもう、めんどくさくなってきたな。
つかれたわ、じっさい。

113 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/19(日) 00:21:46 ID:???
「まぁ、なんて言いますかね……はぁ」

ついため息も漏れる。

「淘汰でもいーんすよ、こっちはさ。いやほんとのとこ言うと」

僕はもうどっでもいっかな〜という気持ちになってきたので、
初志貫徹ということで、座玖屋邸に来る前に決めたことをはっきりと
口に出してこちらの意向を示すことにした。もうしんどいのだよ、僕は。真面目な話。

「それは……華鼬さんが退く、と受け取っていいのですかな?」

座玖屋の表情に翳りが見えた。
座玖屋からすればそれは望む結論ではないのだ。
しかし僕に退く気はない。

「いいえ、言葉の通りの意味で言ってるんです。
 あなたも意味を理解しているはずだ」

もしかすると、座玖屋は理解した上で淘汰を選択肢として提示してきたのかも
しれないなと僕は思った。
そうだとするとオッサンにしては少々元気過ぎるが、それでも先々のことを考えて
何か狸らしい策を講じているのかもしれない。

こちらの出方次第で、自ら化けの皮を脱ぐつもりだったのか。
やっぱり食えないオッサンだ。オッシャルト並みだ。

「つまり、どちらかがぶっ潰れるまで殺し合う……僕はそれでも一向に構わない。
 むしろその方がわかりやすくていいでしょう」
「正気の沙汰とは思えませんな」

この期に及んで何を言うか。いい加減に舌を出せ。ひっこぬいちゃるわ。

114 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/19(日) 00:25:46 ID:???
「とにかく生き残った方がこの街を獲ればいい、ということです」

こうなったらとことんやってやる、と僕は腹を決めた。
ぎゃふんぽんぽこちーんとまではいかなくとも、
へその上の茶釜ぐらいは叩き割ってやるぜ。

僕はぶんぶくちゃがま、ぶんぶくちゃがまと男性ホルモンを分泌させて
ファイティングスピリットに火をつける。

僕の体には真っ赤な真っ赤な血が流れているのだ。
いつもは採れたてのエビアンの如く冷たく澄みわたっているが、
ひとたびスイッチが入ったなら、あっという間にマグマの如く熱く滾るのだ。

どうせお互い行き着く先は鬼の犇く針の山。
遅かれ早かれ地獄行きだ。
ならその前に血湧き肉踊る阿鼻叫喚の舞いを魅せてやろうか?
試しに瞼を閉じてみな。
それからみっつ数えて開けてみろ。
カウントトゥスリービフォユゥオープンユァアイズ。

かかってこい、ここが地獄だ。


「はっはっは……九州さんは随分お転婆な娘さんですな」

メラメラと燃やした僕の闘志を無下にして、よりにもよってお転婆と評しやがった。
誰がサントハイムのお姫様やねん。ヒーイズミーンだと僕は思った。
この闘争心はどこにぶつければいいのだ。

115 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/19(日) 00:29:17 ID:???
「落ち着け九州」

ノワが言う。
黙ってろ。
お前はクリフトにもなれない。

「お前もこれぐらいの元気があれば私も悠々自適に茶でも啜っていられるのだけどね」

この時、座玖屋の目の色に見たことのない光が宿ったのを僕は見た。
それはどこにでもいる、愛する娘を慈しむ父親の目だった。

「きらたま、お前はどう思うね?」

座玖屋は隣でちょこりんと座っている娘に向かって、
温かみのある声で優しく言った。

お人形さんみたいなその娘は二、三度睫毛を瞬かせてから、
父親に向かってにっこり微笑んで、こう言った。

「私もこの方と同意見です」

116 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/19(日) 00:30:15 ID:???
父親と違って随分好意的な意を示してくれたので僕は嬉しく思った。
殺る気は充分か。上等だ。
なんなら今すぐ相手になってやるぞ。
ユゥハブオンリィトゥステイゼァ。

2秒でとんこつにしてやるぜこの毛唐女が。


「失礼します」

またまた僕の闘志に水をぶっかけるような真似をする奴がいた。
眼鏡男である。いたのか。NINJYAめ。ハリウッド行け。

空気の読めない眼鏡男は頭を下げながら全員の湯飲みに茶を注いでまわり始めた。
どうせならコンビニにでも走ってオッシャルトを買って来い。

ていうかお前の名前、たった今からオッシャルトに決定。
本名なんか知らん。異議は認めない。


そうそう、出かける前に傘を忘れるな。
イズィットライクリィトゥレインレイタァ。

血の雨がよう。

117 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/20(月) 23:36:52 ID:???
   19.俺と最低な仲間達



あの後、ハナちゃん達は無事に帰れたんだろうか……。

俺は階段を下りながら、また昨日のことを思い出していた。
俺はハナちゃんともパシリのオッサンとも連絡先の交換などしていないし、
会う約束すらしていない。あの二人の安否を知る手立てがないということに
今更気付いた。

まぁ所詮は事故のような出会いだったので、そんなに気にすることもない、と思う。

俺があの二人と、あの二人が生きている世界と絡み合うこと自体がそもそも
おかしいのだ。

俺はどこにでもいる(けどどこにもいないかっこよさげな)中学生。ただの。

きっと大人達はこう言うのだろう。

勉強しなさい。そんでたまに恋愛にでもうつつをぬかしてなさい、と。

それが正しい世の中学生のあるべき姿なのだろう。

そんなこと言われなくてもわかってるんだよボケが。
俺は誰に言われたわけでもないのに一人毒づく。

118 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/20(月) 23:45:24 ID:???
「ジェノ君、はやくしないと授業始まっちゃうよ」

俺より先に階段を下りきったサチコさんは振り返りもせずにそう言って、
毅然とした足取りで教室に向かって歩き出した。

俺は返事しなかった。

授業に出る気分ではなかったのだ。
このままどこかに行ってしまいたい気分なのだ。

君はまた怒るかもしれないけどね。




俺は教室を素通りしてそのまま廊下をつっきり、玄関で靴を履き替えもせずに
校舎の外に出て自転車置き場に向かった。

そこには俺の予想通り、サトチーとポンコがいた。
二人は俺に気付くと、顔を見合わせて笑った。

「ジェノ、どうだった?」

地べたに座ったままポンコが言った。

「別に。どうもしねぇよ」

俺はポンコの目の前に座って答える。

119 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/20(月) 23:52:34 ID:???
「あ、やっぱ怒ってる? ジェノ君、あれは戦略的撤退というやつだよ。気にすんなよ」
「なに言ってんだ。俺をスケープゴートにしただけだろうが」
「一人はみんなの為に……って言うだろ?」
「はいはい……」

なんか言い返す気力もない。
ここに来たのは間違いだったか。

俺が今求めているのは温もりではなく、孤独だったのだ。

誰か俺を一人にしてくれ。
ていうかお前らどっか行ってくれ。
俺が勝手に来たんだけど。

「あーあ……明日っからどうする? どこで飯食う?」

ポンコが忌々しそうに宙を睨んだ。

「ここでいんじゃね」
「えー? なんかここで食うとすっげぇ落ちぶれた気にならねぇ?」

なに言ってんの。
もうとっくにドロップアウトしてるだろうが。

「やっぱ昼飯と言えば屋上、みたいな」
「まぁわかる気もするけど」

同じ屋外で飯を食うなら、少しでも空に近づきたいと思うのが人間の本能なのか。
でも馬鹿は高い所が好きだって言うしなぁ……。

120 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/20(月) 23:58:30 ID:???
馬鹿が三人集まって、なにをやってるんだろうと俺は悲しくなってきた。
でも俺は馬鹿じゃない。少なくともこの中で一番ということはない。

今、この中で一番馬鹿なのはチャリの荷台に座っているサトチーだろう。

「あ゛ー! マジうっぜぇこいつ!」

俺が来てから一言も発しなかったサトチーは、ようやく口を開いたかと思うと
いきなり隣にとまっていた誰かのチャリを蹴飛ばした。最低だなお前。
でもこいつの最低っぷりはここからが本領発揮である。
携帯を両手で操作しているサトチーを見て、俺は一層気を滅入らせる。

「また女か! また!」

ポンコがにやにや笑う。

「こいつ、ほんっと……何様!?」

サトチーは自分の持っている携帯を指差して大きなため息をつく。
俺の方がため息をつきたいくらいだし、お前の方が何様だよと俺は思う。

ここで明かさねばならないが、サトチーはかなりのプレイボーイである。
こいつの携帯には常時30人以上の女の名前が登録されているのだ。
その内の何人とラブな関係を築いているのか定かではないし、聞いても
曖昧にぼかすだけではっきりとは答えようとしないし、確かめようもないし
ぶっちゃけそこまで興味もないので俺はサトチーの女トークが始まると
たいがいシカトを決め込むことにしていた。

121 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/21(火) 00:06:47 ID:???
「なに? 誰? また“隣街のキヨミちゃん”か!」

ポンコが小石を拾ってサトチーに投げつけた。
“隣街のキヨミちゃん”とは割合高い頻度でサトチーの女トークに出てくる
フレーズなので、俺の記憶の片隅にもその名前は残っていた。
そのフレーズの通り、隣街に住んでいる女で、名前はキヨミ。
年は俺達とタメで中学三年生。どこの学校だったかは忘れた。

「なにが『ちゃんと授業に出てるの?』だよ。
 出てると信じてたらこんな時間にメールしてこないでしょ、フツー」

サトチーは得意げな顔を俺とポンコに向ける。
俺はその『どう? 俺』という表情がたまらなくムカつくので目を逸らした。

「お前、ひどいわ。ひどすぎるわ。キヨミちゃんかわいそうです……」

わざとらしい泣きまねをしてポンコがサトチーをからかう。

「いくらなんでもそろそろフラれるね、お前は」
「自慢じゃないけどフラれたことは一回もないね」
「じゃあキヨミちゃんが記念すべき第一号になるわけだ。
 おめでとうキヨミちゃん。俺からなにか贈ってあげたい」

ポンコが拍手する。俺もなんとなくそれに倣う。
するとサトチーは両手を俺とポンコに翳して静粛を求めた。
俺とポンコが拍手をやめると、サトチーは急に遠い目をして、

「キヨミなぁ……あれはプライド高いわりに弱い女だったよ」

と過去形で言った。

122 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/21(火) 00:14:48 ID:???
「って過去形かよ! フラれる前にフッてやるってか!
 お前そこまでして記録を保持したいのか!」

ポンコが茶々を入れる。
しかしサトチーは大きくかぶりをふって、

「別れというのは突然に、そして気付かぬ内にやってくるものなんだよ」

と諭すような口調で言った。

「うわ、サイテー! サトチー君、サイテー! 自然消滅を狙ってるのネ!」
「俺の中ではとっくに終わってるんだよ。それこそ付き合い始めたその日に、ね」
「なにちょっとかっこいいこと言おうとしてんだ。この人でなしが」

まったくだ。この人でなしのろくでなしが。
ポンコじゃないけど、キヨミちゃんかわいそうですと俺は見たこともない
彼女を不憫に思った。

「やっぱなぁ、同年代の女ってなーんかガキくせぇよな。そう思わん?」

サトチーはチャリの荷台の上に両足を乗せて、窮屈そうに三角座りをしながら言った。
落ちろ、コケろ、と俺は密かに願う。
痛い目見なきゃきっとこいつの目は覚めない。

「たまには年上の女とかいってみたいね」

なにが“いく”だボケ! そのうち刺されろ! 
普通ならそうつっこむのだろうけど、俺は言葉を飲み込む。
本気で思っていることは口には出せないもんだ。

123 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/21(火) 00:20:25 ID:???
「ねぇジェノ君、年上のお姉さんは好きですか?」

サトチーが見下したように、ていうか位置関係的にまさに見下されているのだが、
まるで幼稚園児をあやす大人の人みたいな目で俺を見た。

「年上ねぇ……さぁなぁ」

曖昧に答えながらも、この時俺はまっさきにハナちゃんの顔を思い浮かべたのだった。
なんでかわからんけど。







124 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/21(火) 00:28:07 ID:???
   20.僕とまとまらない会談



「きらたま……」

狸のへその上の茶釜を叩き割ったのは、誰あろう、狸の娘だったようだ。
座玖屋は慄然とした表情できらたまを見つめていた。

「なにを言い出すんだ」
「この方──九州さんと同意見です、と言ったのです」
「お前、意味がわかって言ってるのか?」
「もちろんです、お父様」

きらたまは長い睫毛を少し伏せて、視線を父親から僕へと移す。

「ですが、潰し合う……というだけが淘汰ではないと私は思うのです」

座玖屋にではなく、僕に向けて言ったようだった。
この小便娘が。僕に口喧嘩を挑むとはいい度胸だ。受けて立ってやる。

「どういう意味かな?」
「淘汰されるべきは不要なものです。この場合だと、晴刷市にとって、です」
「ほう」
「私達が警察という組織から疎まれるのは、私達がこの街にとって不要な存在で
 あるからです。当然ですね、犯罪組織なのですから」

なにがおかしいのか、きらたまはくすりと笑う。

125 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/21(火) 00:34:26 ID:???
「私は座玖屋ファミリー・華鼬、共にこの街から退くべきだと考えています」

そうくるか。
予想していなかった提案だったが、それでは少なくともこの場にいる誰にとっても
得をする結論には行き着かないように思えた。

「きらたま、お前は黙っていなさい」
「私に意見を求めたのはお父様です」
「……いいから、黙りなさい」
「いいえ、黙りません。お父様は私にファミリーを継がせたいのでしょう?
 なら三代目としてはっきり言わせてください。私は──」
「きらたま!」

座玖屋が血相を変えてきらたまの言葉を制した。
僕としては興味があったので続きが聞きたいのだが。

「もういい。お前は下がりなさい」
「お父様」
「下がれと言ったら下がるんだ。おい……」

座玖屋が眼鏡男、オッシャルトに目配せする。
オッシャルトはすすす、ときらたまの背後に回り込む。
無理やり退席させるつもりなのだろうかと思ったが、
きらたまはオッシャルトの手を煩わせることもなく、自分から立ち上がった。

オッシャルトが襖を開けて、きらたまは何も言わずに座敷から出て行った。

126 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/21(火) 00:39:02 ID:???
「すみませんな」

襖が閉じられると、座玖屋は深々と頭を下げた。

「娘の言ったことは聞かなかったことにしていただきたい」
「──いや、あながち見当違いな意見でもないでしょう」
「九州さんまで何を仰るのです」

座玖屋は露骨に不快な表情になった。
そうなのだ。このオッサンにとってはきらたまの指し示した道など論外なのだ。

僕はさきほどの親子のやりとりを見て、座玖屋の弱点を見抜いた。
このオッサンの泣き所はあの娘だ。

ふっふっふ、馬鹿めアホめと僕はほくそ笑む。
狸と狐の化かし合いで弱みを見せるとは。
まぁ僕は狐ではなくかわいい子リスちゃんなのだが。

突破口を見つけた僕は、ここで一気に畳み掛けてやろうとしたのだが、

「──今日はこの辺にしておきましょう」

と座玖屋が言ったので肩透かしを食らったような気分になった。どげな。

「まぁ今後の話はおいおい、ということで……」

座玖屋はふぅ、と狸が術を解くかのようにため息をついた。

「あぁ、ですが一つだけ──」

何かを思い出したのか、座玖屋は億劫そうに居住まいを正して大きく息を吸い込んだ。

127 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/21(火) 00:43:16 ID:???
「鈍堕華のことか」

ノワがいきなりしゃべった。
いるのをちょっと忘れかけてた。

「さよう」

座玖屋は鷹揚に頷く。波平かよ。

退屈な話が始まりそうな予感がしたので、
僕はノワに任せてぼーっとすることにした。

「鈍堕華のことはご存知のようですな。話が早い。
 でしたらこちらの内部事情もある程度把握しておられると思いますが……」
「ここに来る前に丁寧な挨拶をしてくれたぞ」
「なんですと」
「まぁこちらも“それなりに”挨拶させてもらったが」

ノワがニヤリと笑う。うざいこいつと僕は思った。
ノワは駅前での話を簡単に説明した。

「そうでしたか……それは……」
「で? その鈍堕華がどうした?
 ナンバー2の鈍堕華が、あの娘に三代目を獲られまいと躍起になっているらしいが」
「その通りです。やはりこちらの事情はお話するまでもありませんな。
 ですがあなた達を襲ったとなると……」
「どうやら鈍堕華は、座玖屋ファミリーと華鼬が手を組むのも快く
 思っていないようだな」

おなかすいた。

128 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/21(火) 00:47:46 ID:???
「なにも華鼬さんに限ったことではないのです。
 あれはユーモリが魚鎮組と繋がっていることにも以前から反対していた
 ぐらいですから」
「まさか」
「いや、今のは長として軽率な発言でしたが、なにも“そう”言っているわけでは
 ありません」
「……まぁそれはいいとして、ファミリーとしては鈍堕華をどうするつもりなんだ?
 仮に華鼬と共存していくことになっても、鈍堕華は納得しないんじゃないか?」
「ファミリーとして……というより、私個人としては、力ずくででも納得させる
 心積もりです」

りんごたべたい。

「しかし黙って従うような奴じゃないんだろう?
 座玖屋ファミリーが二つに割れるということもあり得るんじゃないのか?」
「仰る通りです」
「ふむ……」

ねむたくなってきた。

「しかし、組織内で戦争というのは……」
「いえ、そんなことにはなりません。
 そんなことをすれば、結局潰れてしまうだけですから」
「……だろうな」
「ともかく、あれがそちらにご迷惑をおかけしたのは事実だ。
 私からお詫びします」
「詫びてもらったところで何かが解決するわけではない」
「えぇ、それは充分承知しております」

かえりたい。

129 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/21(火) 00:51:57 ID:???
「この話し合いがどうなるかはわからん……が、こちらとしては
 降りかかる火の粉を黙って被るつもりはない」
「それも承知しております」
「ならいい」

もうかえろうぜ。


その後しばらくしょうもない話が続いて、ようやく座玖屋邸を出たのは
9時過ぎだった。

僕はポチがまだ門の前でつっ立って待っているのではないかと思っていたが、
いなかった。

「ポチ、もう家に着いたかな」
「さぁ? 家がどこか知らんからわからんな」

ノワはポチのことなどどうでもいいとでも言いたげに、知らん顔でバイクに跨る。

「さて、どうする?」
「僕はもう眠い。ホテルに送ってくれ」
「わかった」

僕がよっこらせとノワの後ろに乗ると、バイクがゆっくりと動き出した。

「ところで、君は鈍堕華とやらに会ったことがあるか?」

僕は眠気を堪えながらノワに訊いてみた。

130 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/21(火) 00:55:43 ID:???
「ない。顔も知らん。というかどんな奴かもよく知らんな。
 座玖屋ファミリーのナンバー2ということぐらいしか」
「ふむ……そうか」
「なんだ? なにかあるのか?」
「あぁ、まぁ……なんとなくなんだが」

聞いといてなんだが、僕は眠くて答えるのも面倒だった。

「鈍堕華って座玖屋の息子なんじゃないのか」

僕はあっさり言う。
もうごちゃごちゃ説明する気はない。

「なんだって!? なんでそう思う?」

うるさいな。
説明しないもんね。

「なんとなく」
「なんとなくってお前……」
「いやほんと、なんの確証もない。
 ただ座玖屋の口ぶりや、なんやかや……ふぁぁ」
「うぅむ、何故そう思うのかよくわからんな……」

ノワは後ろを振り返って首を捻る。
前見ろっての。

131 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/21(火) 01:00:17 ID:???
「それでな、多分座玖屋はそのことを隠してると思うんだ」
「何故?」
「なんとなくって言ってるだろう」
「無茶苦茶だな」
「いいから聞け。で、その辺の事実調査をしたい」
「座玖屋本人に聞けばいいじゃないか」
「だから教えてくれないってば。たぶん」
「聞いてみるだけ聞いてみればいいのでは?」
「だったら今すぐ引き返すか? おう?」
「いや、わざわざ引き返してまで……」
「それに、僕の考えが事実だったとして、こっちから不審な動きをするのは
 あまりよろしくない。だから直接聞くのは避けたいんだ」
「うむ、むぅ」

ノワがまた振り返ろうとしたので僕は両手でノワの頭を掴んで前を向かせる。

「なにか考えがあるのか?」
「まぁ、なんとなく」
「適当だな……ま、いいだろう。わかった。調べよう」

ノワが振り返ろうとするので頭をシバく。

132 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/21(火) 01:01:31 ID:???
「じゃ、明日にでも頼んだぞ」
「あぁ、手配しておこう」
「ん? 君が調べないのか」
「俺が直接動くのはあまりよろしくないじゃないか?」
「まぁそうだな」
「それにこの街のことなら、俺より適任者がいるぞ」
「誰だよ」
「お前も知ってる奴だ」
「だから誰だよ」

眠たいのに値打ちこかないでほしい。

その時、信号にひっかかってバイクが止まった。
ノワは笑みを浮かべて振り返った。

「イノセンスだ」

なに笑ってんだこいつ。
気色悪い。

133 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/21(火) 23:21:29 ID:???
   21.俺と怪しいオッサン



放課後。

俺は今日も今日とて掃除をサボる。
サチコさんに気付かれないように鞄を抱えてこっそり教室を抜け出した。

教室を出て廊下をダッシュ。
一気に玄関まで駆け抜ける。

下駄箱の前で振り返る。
追跡者なし。

あーしんど。
年かな。

「ジェノ」
「ぬおっ」

いきなり声をかけられて俺は文字通り飛び上がってしまった。
繊細な俺のハートを震わせたのは大親友のジニ君であった。

「馬鹿野郎。声かけるなら、その前に『声かけるぞ』って声かけやがれ」
「なに言ってんだ」

ジニは箒を片手に笑った。
さすがキレイ好き。掃除サボったことないんだろな、こいつ。

134 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/21(火) 23:25:31 ID:???
「真面目やのう」
「真面目やのう、じゃねぇ。お前、掃除は?」
「俺? 俺はいつも心がキレイだから大丈夫だよ」
「意味がわからん」
「気にすんな。じゃあの」
「なんで竹原やねん。おい待てよ」

ジニがなんか言うけど無視して俺はすたこらほいさっさと玄関を出た。
追ってくるかな? と思ったけどジニは俺を追いかけて捕まえて掃除させるより
下駄箱周りをキレイにすることを選んだようだった。賢明な選択だ。

玄関を出て、俺はふと思い出した。
来々々々軒でのバイトである。

完全に忘れてたぞ? そうだ、そうだった。
どうしようかな。めんどくせぇ。でも行かなきゃギター手に入らねぇ。
どうする? だるいな。バックレちゃおっかな。

俺は校門の前でしばらく悩んだ末、やっぱりバイトに行くことにした。
来々々々軒の店長も俺が来ることをあてにしているかもしれないし。

つーかサトチーは!? あいつ覚えてるかな?
いやー覚えてないだろな、あいつも。たぶん。

サトチーは五時間目(俺らがサボってた時)自転車置き場でこう言っていた。

『しゃあねぇな。今日はデートしてやるかな。どうすっかな』と。

そのセリフが出てくる直前まで話していた内容から推察するに
相手はおそらく例の隣街のキヨミちゃんだろう。
たぶんバイトのことなど忘れてやがったのだろう。俺も忘れてたし。
まったくもう、責任感ねぇな。

135 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/21(火) 23:29:45 ID:???
戻ってサトチーにどうする気なのか訊きたいが、サチコさんに見つかったらコトである。

それから俺は五分ほどサトチーを待ったが、奴は出て来なかった。

しゃーねーな、もう。もういいや。来るなら来るでしょ、あいつも。
来ないなら来ないだろうし。ほっとけほっとけ。

俺は一人で来々々々軒に行くことに決めた。
その時、背後から「ジェ〜ノ〜」とやる気のない声がしたので俺は振り返る。

「バイト行くんかー?」

ポンコだ。
だるそうな足取りでポケットに手をつっこんだまま歩いて来る。

「おー、これから行こうかと思ってんだけどさ。サトチー見なかった?」
「さぁ? まだ教室とかにいるんじゃね?」
「あっそ」

使えん奴め。
バイトのことは覚えてたくせに。

「つーかサトチー、なんか言ってたじゃん。チャリ置き場で」
「あー……そういや言ってたな。あいつバイト行く気ないんじゃね?」
「やっぱあいつも忘れてやがったか」
「いや、あいつたぶん、知ってて行く気ないんだと思うよ。
 お前が屋上から降りてくる前にバイトの話してたもん。『もう行きたくねー』って」
「は? マジで? 最悪だなあいつ」

行く気ないのはかまわんが、せめて一緒に行く予定だった俺にぐらい言えっての。
なんか腹立ってきたな。キヨミちゃんのことといい。キヨミちゃん見たこともないけど。

136 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/21(火) 23:34:51 ID:???
「んじゃお前、一緒に来る? 元はと言えばお前経由だし」
「余裕で断る。俺は俺で忙しい。だいたい、俺は紹介しただけだろ? 関係ないない」

そう言ってポンコは俺の後についてくる。

「あれ? お前んちこっちじゃねーだろ」
「あぁ、ちょい用事あってさ」
「なにぃ……まさか女じゃ」
「違う違う。サトチーじゃあるまいし。むしろそーぅだったらいーのにな〜ってね」

ポンコは歌うようにして言って、それ以上“用事”について語ろうとしなかった。
俺はなんとなくそれ以上追求しなかった。
俺って結構、人のプライベートな領域に踏み込みたがらない奴なのだ。
あんま興味ないしね。

それから俺とポンコは今日のミサのパンツは何色だったとかサユは何カップだろうとか
サトチーはキヨミちゃんとずばり肉体関係を結んでいるのかとかしょうもない話を
しながら駅へと向かった。エロ話ばっかかよ。どうしようもねぇな。


俺とポンコは駅前のでかい交差点の手前で歩道橋を上って、国道を跨いで渡る。
はっきり言って信号で止まった方が時間的にも距離的にも早いのだが、
俺もポンコも、ごく自然に歩道橋を使った。

俺達は今を生きる若者なので立ち止まっている時間すら惜しいのだ。生き急げ若人よ。

歩道橋を降りて、駅に向かって真っ直ぐ進むと点滅式の信号がついてる
小さな交差点がある。
その交差点をそのまま直進すれば駅。
右に行くと何十年も前から続く古臭い本屋やらなんやらがある商店街。
左に行くと、なんやかやあって、駅の反対側に行けたり国道に出れたりしちゃうように
なっている。

137 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/21(火) 23:40:22 ID:???
悪徳楽器屋ERINGIが歩道橋を降りた地点から見て交差点の手前右っ側の
角(方角わからん)にある。そんで俺の目指す来々々々軒は道を挟んだその向こうに
あるのだ。

「お前どこまでついてくるの」

ポンコがいつまでもついてくるので訊いてみた。
するとポンコは「まぁまぁ」とか言うだけで答えなかった。

俺は不審に思ったが、そうこうしているうちにERINGIの前あたりまで
来てしまったので仕方なく手をあげて「じゃあの」と言った。
ポンコも手をあげて「じゃあの」と言った。
そんでポンコはERINGIに入ってった。そこかよ! お前、俺がそこに行く為の
ステップとしてアホみたいに皿洗おうとしてるっつーのに。てか言えよ。なんで隠す?

まぁ俺がポンコでも、これからERINGIに行く為に皿を洗う俺にこれから
ERINGI行くねんとは言いにくいけどさ。だったら俺が来々々々軒に入るの
見届けてからにしようとかそういう配慮はないんか!?
そういうのを画竜点睛を欠くっつーんだよお前。

と心の中で文句を言ったところでどうにもならんので俺はポンコを追いかけて
ERINGIに入った。こういうのはきっちりしとかんといかん。何をか知らんけど。

「お、ジェノ君。これからバイト?」

ずいーんと自動ドアが開いて、児童福祉法を無視するファッキン店長が
溌剌とした笑顔で俺を出迎えてくれた。
ポンコはにやにや笑っている。メダパニ喰らってんのか? 殴るぞ。

138 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/21(火) 23:44:49 ID:???
「おま、言えよ! ここ行くつもりだったんならよ!」
「はっはっは、それもちょっと可哀想かなーとか思ってさ」

ポンコはぬけぬけと言った。この野郎、その清々しさに免じて許しちゃるわ。
納得したので店を出ようとすると、店長が俺を呼び止めた。

「サトチー君は?」

隣街のキヨミちゃんとデートです、と俺は正直に答える。

「えぇー? 駄目でしょーそれは。駄目でしょー」

中学生に仕事を斡旋したあなたも駄目です、と俺は思ったが言わない。

「まいったなぁ。まぁいいけどさぁ」

どないやねん。

「でも、こんなことしてたらサトチー君がベース手に入れるのが遅くなるだけだよ」

俺に言われても。

「まぁいいけどねー」

あっそ。
オッサンようわからんわ。

じゃあの。

俺は今度こそ店を出た。

139 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/21(火) 23:48:41 ID:???
ポンコが「頑張れよー」とか俺を励ましたが無視。
つか何しに来たんだろう、こいつ。
まぁどうでもいっか。これから皿を洗って洗って洗いまくる俺には関係なし。

ERINGIを出て、目の前の道路を渡って来々々々軒へ。
俺は店長に挨拶して、きったねぇ前掛けを借りてさっそくお皿と格闘を始める。
小さい店なのでカウンター席の真ん前が厨房になっている。俺、丸見え。
中学生働かしてんのがバレバレである。まぁ実際に給料貰うわけじゃないし、
建前上はただのボランティアつーかお手伝いなわけだけど。

そして俺は皿を洗って洗って洗いまくる。
こんな汚くてしょぼい店だってのに客は絶えることなくやって来る。
当然、洗う皿(どんぶりとかも洗ってるょ)は客が来てなんか食って帰ってく度に
俺の目の前に現れる。しかもサトチーがいないからこれまたきっつい。あの野郎。
今頃キヨミちゃんとちゅっちゅしてやがんのかなーとムカつきながら俺は
壁にかかった時計を見た。5時。はぁ? まだ5時ッスか。時間経つのおせぇ。
もう12時間ぐらい皿洗ってる気がした。そんなわけないけど。

それからも俺が皿を洗って洗って洗いまくっていると、また客が来た。
客なんてさっきからもうアホか馬鹿かというぐらい来まくってるしなんてことはない
はずなのだが、俺は何故だかその客……カウンター席に座ったそのいかにも量販店で
買いましたー的な安っぽいスーツを着た無精髭のオッサンのことが気にかかった。

そのオッサンは、見るからに無気力なオッサンだった。
髪には寝癖らしきものがついてるし、ネクタイはしてないし、なにより顔に生気がない。
かといって自殺しそうとかそんな暗黒なオーラを発しているわけでもない。
なんというか、単純に、やる気なさそうな雰囲気を漂わせている。
オッサンオッサン言ってるが、年はまだ20代前半ぐらいに見えた。
20代前半でここまで“終わってる”オーラを出せる奴はそういないのでは
ないだろうか。オッサンはチャーシューメンとギョウザを注文した。
このオッサンビールも頼みやがるかな、コップは小せぇから洗いにくいんだよと
俺は勝手に予想してイライラしたが、オッサンは飲み物類は注文しなかった。

140 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/21(火) 23:52:33 ID:???
チャーシューメンとギョウザが目の前に運ばれると、オッサンはおもむろに
懐から手のひらサイズの小さな箱を取り出した。
そしてその箱の中から何か粒状の物をひとつポンと出してチャーシューメンの
中に放り込んだ。なにやってんだこのオッサン。隠し味持参すんなよ。

俺がオッサンを観察しているとまた新しい客が来た。
店長が「へいらっしゃい!」とよく通る声でその客を出迎える。
その客は怪しいオッサンの隣の隣の席に座った。
俺は止まっていた手を動かして皿洗いを再開する。

オッサンがチャーシューメンを食べ始めた。
俺は皿洗いをしながらも、この怪しいオッサンに目が釘付けである。

「ん、んめぇ……」

オッサンはいきなりひとりごちてぶるぶると体を震わせた。
キモッ! キモすぎ。マジでなんなのこのオッサンと俺は戦慄する。
オッサンの隣に隣に座った客はひいていた。俺もひいていた。
オッサンは周囲の目など気にする様子もなく、恍惚の表情でスープを啜り始める。

「かひぃ……か、辛いです……」

またオッサンがキモいことを言う。
俺はドンびきでオッサンの隣の隣の客も明らかにドンびいている。
店長だけが平然としていた。さすが職人は違うなと俺は感心した。
ただ危ない客に関わらないようにしているだけかもしれんが。

それからオッサンはものすごい勢いでチャーシューメンをたいらげ、
ギョウザをやっつけて、水を三杯飲んで、しばらくにやにやしていた。
マジでキモすぎる。俺は15にして客商売の厳しさを知った。

141 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/21(火) 23:55:09 ID:???
オッサンは10分ほどにやにやした後、満足したのかきっちり勘定を払って
店を出た。ありがとうございました、もう来ないで下さいと俺は願った。

それからオッサンの隣の隣に座っていた客も店を出て、急に店は暇になった。
待てども待てども客は来ない。
きっとさっきのオッサンのせいだと俺は非科学的に決め付けた。この店は呪われたのだ。

結局、その日俺がいる間客は来なかった。
たぶん俺が帰った後も来ないのだろう。なにしろ呪われたラーメン屋なのだから。
そう思わせるほどあのオッサンのインパクトは凄まじかった。

俺はちょっとだけオッサンに感謝した。
呪いのせいでもう誰もこの店には寄りつかないだろう。
これから俺は皿を洗わなくていいのだ。
問題は俺のギター代が貯まるまでに呪いで店が潰れないかどうかである。
あのオッサンならやりかねない。

バイトを終えた俺は店を出る時に厨房から塩を少し拝借して体にふりかけた。
15で呪い持ちにはなりたくない。この街には教会もないし。

店の外に出ると、もう陽が落ちていた。少し肌寒い。
俺は両手を合わせる。寒いからではない。
俺は来々々々軒に向かって適当に念仏を唱えた。
どうか俺は呪われませんように。この店はどうなってもいいです。


俺は一頻り祈り終えると、目の前の交差点を真っ直ぐ進んだ。

142 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/21(火) 23:55:54 ID:???

真っ直ぐ行くと、そこにはホテルがある。
ハナちゃんと出会ったあのホテルだ。

俺はハナちゃんに会いたかった。
会う約束などしていないが、そこに行けば会えるような気がした。

呪いを解いてもらえるとまでは思っていなかったけれど。






143 :天然ショボーン ◆SoBON/8Tpo :2007/08/22(水) 00:05:56 ID:???
     ∧_∧ ずーりずーり
    / ・ω・)
  ...../____ノ

うっさん…

144 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/23(木) 01:06:52 ID:???
   22.僕とリンゴマン



ノワが取った部屋はSPKホテルの1564号室だった。
いい部屋番だ。ひとごろし号室。

ここは15階だから、各部屋には1500番台の数字が割り当てられているのか。
ということは、少なくともこの部屋以外にあと63部屋あるのかなどと
どうでもいいことを考えながら僕は晴刷市での一日目を終える。

ノワとホテルの前で別れて、僕は一人で部屋まで上がり、シャワーも浴びずに
ベッドに寝転んだ。服を着替えるのも面倒だ。

眠い。

本当に、あと63部屋もあるのか。
何故だか凄く気になった。
外から見た感じ、そこまで大きなホテルには見えなかったからだ。

エレベーターでこの階に上がってきた時はどうだったかな。
隣の部屋はどうだっけ。
数分ほど前の記憶を手繰り寄せようとしたが、上手くいかなかった。

眠い。

瞼が勝手に閉じてくる。
唐突に今日一日の様々な記憶が脳裏を過ぎり始めた。

145 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/23(木) 01:14:14 ID:???
豚の餌みたいな臭い。二人乗りの自転車。中学生。美しい僕。生徒手帳。ゴミ箱。
変なナンパ小僧。下僕。ナッパ。ホウキ。ドンダケハ。バイク。ハンバーグ。
ユーモリ。三代目。娘。ポチ。ギーニャニャニャ。忍者。無駄に広い玄関。少女の絵。
スリッパ。廊下。ぱすぱすぱぱぱすぱす。リビング。鹿。さまようよろい。少女の絵。
吹き抜け。ぱすぱすぱぱぱすぱす。廊下。階段。襖。座敷。レクター博士。座玖屋。
座卓。冷めたお茶。ぱすぱすぱぱぱすぱす。ギーニャニャニャ。ポチ。前髪。意味。
理由。ぱすぱす。絵。少女。きらたま。狸。油揚げ。狐。オッシャルト。お転婆。
鈍堕華。イノセンス。ホテル。エレベーター。1564号室。ベッド。


何かが──。

何かが頭の隅で引っかかった気がした。


          ──おい。


誰かが呼ぶ声がする。


          おい。


──なんだ?

          酷い臭いだな。


そうだな。
この街は本当に豚の餌みたいな臭いがするんだ。

146 : ◆K.tai/y5Gg :2007/08/23(木) 01:15:49 ID:???
早めのヘルプだ三井

147 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/23(木) 01:18:37 ID:???


         この街のせいじゃない。
         お前が臭いんだ。
         シャワーも浴びないで。
         気付いているか? 随分と汗を掻いているぞ。
         夏でもないのに。


……本当だ。気付かなかった。
でも、もう今日は勘弁してくれないか。
シャワーを浴びる気力もないんだ。


         どうしてそんなに疲れてるんだ?


知るか。
ていうか誰だお前は。


         お前こそ誰だよ。


質問してるのは僕だ。


         それを自問自答って言うんだよ。
         馬鹿め。

148 : ◆K.tai/y5Gg :2007/08/23(木) 01:22:51 ID:???
ダメかな

149 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/23(木) 01:24:12 ID:???


誰が馬鹿だ。
取り消せハゲ。


         僕がハゲならお前もハゲだ。

         
意味がわからん。


         意味? お前が僕に意味を求めるのか。
         意味など考えなくていい。そうだろう。


そうだな。
そうだった。
意味なんて考えなくていい。


         理由も要らない。
         意味を考える理由も。
         理由を考える意味もない。


あっそう。
黙れ。


         黙っていいのか?
         せっかく答えを教えてやろうとしているのに。

150 : ◆K.tai/y5Gg :2007/08/23(木) 01:26:01 ID:???
追いついてないのに面白そうなの出てきちゃった

151 : ◆K.tai/y5Gg :2007/08/23(木) 01:28:18 ID:???
もっかい

152 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/23(木) 01:29:48 ID:???
答え?
何の答えだ。


         答えというからにはお前が知りたがっている事の答えだよ。


値打ちこかないでくれないか。
僕は眠いんだ。


         それにしても今日は刺激的な日だったな!


そうか?
別に。


         何を言ってるんだ。
         あんなとんでもない奴に会ったっていうのに。


はぁ?
誰だよ。
そんな奴に会った覚えはない。


         だからお前は駄目なんだ。


なんだと。
僕は駄目じゃない。

153 : ◆K.tai/y5Gg :2007/08/23(木) 01:37:32 ID:???
追い付いた。良い

154 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/23(木) 01:37:36 ID:???
         そうだ。お前は駄目じゃない。
         お前が駄目だということは僕が駄目だということになる。
         それは困る。


お前、何なんだ。
用があるならさっさと言え。
僕は眠いんだ。


         お前、ビビッてただろう?


なにが。


         ゾッとしたよな。
         こんな奴が自分以外にいるなんて思わなかった。


知らん。


         ほらまたビビッてる。
         思い出すのも恐いか?
         あいつの顔を見ると、
         なんだか自分を見ているようで、
         堪らなく不愉快になるんだろう?


うるさい。
僕はビビッてない。

155 : ◆K.tai/y5Gg :2007/08/23(木) 01:38:49 ID:???
ホラよっと

156 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/23(木) 01:42:53 ID:???
         誰に?


誰に──。
誰に?
僕は誰にビビッてる?


         ばーか。


殺すぞ。


         殺したいのは僕じゃないだろう。


どっちでもいい。
その時殺したい奴を殺すだけだ。


         そう、そう。
         それでいいんだよ。
         その調子だ。
         お前はそういう奴なんだ。
         殺されてたまるか。なぁ?


そうだ。
殺されてたまるか。
僕は死にたくない。
やることがたくさんある。

157 : ◆K.tai/y5Gg :2007/08/23(木) 01:45:54 ID:???
モンスター思い出した

158 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/23(木) 01:46:49 ID:???
         やることって?


ノートとか。


         他には?


……色々。


         ふぅん。
         

なんだよ。


         まぁいい。
         その辺は僕にもまだわからない。


なんでさっきから、ちょっとお前の方が上からものを言うんだ。


         お前がマヌケだからだ。
         本当に……今日のお前にノワを馬鹿にする資格なんてなかったぞ。


ノワか。
別に僕は本心からノワを馬鹿にしてるわけじゃない。

159 : ◆K.tai/y5Gg :2007/08/23(木) 01:47:36 ID:???
お、良い展開

160 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/23(木) 01:50:32 ID:???
         嘘つけ。
         お前はそういう奴だ。
         自分の無能さを棚に上げて、
         他人を頭から否定することでしか
         自分という人間を確立させることが出来ないんだ。


あっそう。
興味ない。


         あいつも似たようなもんだった。
         ほんとに、ぞっとしたな。
         お前と……僕とそっくりだ。
         自分勝手な屁理屈を正当化して、
         平気で人の命を奪うような屑野郎だ。
         どうしてこんな奴らが野放しになってるんだろうな?


僕が知るか。


         いや、お前は知りたがっているんだ。


だから、何を。


         答えを。

161 : ◆K.tai/y5Gg :2007/08/23(木) 01:51:56 ID:???
左側の気持ちがちょっと分かりかけてきた

162 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/23(木) 01:55:19 ID:???
だから何の答えだよ。
お前、喧嘩売ってるのか。


         せっかく見つけたパートナーだ。
         絶対に手放すなよ。
         そして──。


そして?


         きっちり、殺せよ。


お前の言うことはさっぱりわからんが、いいだろう。
誰だか知らんがきっちり殺してやる。
それでいいだろう。もう眠らせてくれ。


         よし、いいだろう。
         

はいはい、じゃあおやすみ。


         それと、明日はちゃんと林檎を食べろよ。


──あぁ。
そういえば今日は林檎を食べなかったな。

163 : ◆K.tai/y5Gg :2007/08/23(木) 01:58:20 ID:???
へえぇー

164 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/23(木) 02:00:44 ID:???
         そうだ。
         そのせいでどうも調子が出なかった。
         だからあんなことに気付けなかったんだ。
         仕方なかったんだ。
         林檎を食べていなかったから。
         やっぱり一日一個は食べないと。


よくわからんが、明日はちゃんと林檎を食べる。
約束するよ。
だから教えろ。
僕は何に気付けなかった?


         林檎食べたら気付くよ。


……あっそう。
じゃあな。


         あと一つ。

しつこいな。
なんだよ。


         間違えるなよ?
         いくら似てるからって。


なにを?

165 : ◆K.tai/y5Gg :2007/08/23(木) 02:03:23 ID:???
含むなぁ

166 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/23(木) 02:04:08 ID:???
         いくらなんでも、人を殺して
         『間違えました』じゃひどすぎる。
         まぁどうだっていいんだけどな、他人の命なんて。
         お前はそういう奴なんだから。
         だけど、今回だけは絶対に間違えちゃいけない。


あぁ……。


         大丈夫、林檎さえ食べてれば間違えやしないから。


人をリンゴマンみたいに言うな。


         そうだ、お前はリンゴマンだ!


なんだって!?
僕はリンゴマンだったのか!


         リンゴマン! リンゴマン!


リ、リンゴマン!
リンゴマン!

167 : ◆K.tai/y5Gg :2007/08/23(木) 02:05:49 ID:???
ひどい。笑ってしまった

168 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/23(木) 02:08:31 ID:???
         戦えリンゴマン! 負けるなリンゴマン!


お、おう!
任せろ!?
         

         どんなに手ごわい相手だって、林檎さえあればへっちゃらだ!


あぁ!
ちょっとくどいぞ!


         おやすみ。


いきなりやめるな。
僕が馬鹿みたいじゃないか。


         気にするな。
         お前は馬鹿だ。
         じゃあな。

169 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/23(木) 02:09:21 ID:???
……じゃあな。
それと、どうでもいいことだがまがりなりにも僕は女なのだから、
リンゴウーマンが正しいのではないだろうか?


……。


おい!
寝るな!


あれ!?


なんか変だぞ……。






170 : ◆K.tai/y5Gg :2007/08/23(木) 02:16:23 ID:???
リンクすんの?!

171 : ◆K.tai/y5Gg :2007/08/23(木) 02:17:39 ID:???
あ、違うか


僕、お休みタイムなんで最後まで頑張って

172 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/25(土) 01:05:00 ID:???
          【第二章】



   1.世界はオッサンで出来ている。



ハナちゃんと出会ったあのホテルの前まで行ってみたが、彼女には会えなかった。
ここに来ればなんとなく会えるんじゃないかと思っていたが、やっぱ現実はそんなもん。

もしかしてハナちゃんはこのホテルに泊まってるんじゃないかなんて考えた俺は、
フロントで暇そうにしている従業員に訊いてみようかと思ったが、やっぱりやめておく
ことにした。

なにやってんだろう俺は。
ストーカーじゃあるまいし。

『なんで僕に付き纏う?』

もし会えたとしても、そんな風に鼻で笑われるのがオチだろう。

俺は踵を返して元来た道を戻る。

“僕”……か。

自分のことを僕と言うハナちゃん。
俺を半ば拉致しておいて、手のひら返したように突き飛ばしたハナちゃん。
そのエキセントリックな言動は、俺の常識を悉く覆した。

ロックや。
あの女はロック。

173 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/25(土) 01:11:28 ID:???
俺はエアギターをかき鳴らしながらふんふんふふんオーイエーと薄暗い路地を歩いた。

道行くサラリーマンがすれ違いざまに日本の終わりを目撃したような顔で俺を見る。
俺はそんな冷ややかな眼差しなど意に介さず、思いつく限りの退廃的な英単語を
叫び倒した。

駅前の小さなグランドグロス(今名付けた)にさしかかった時だった。

「これこれ、そこな少年」

と不意に抑揚のない声が俺を呼び止めた。
俺はエアピックを絃から離して声のした方に振り返る。

オッサンである。
今日はオッサン曜日だったのか。
いやオッサンは世界中に遍く存在しているけれど。

俺の定義するオッサン曜日というのは、世界が常軌を逸したオッサンで溢れ返る日である。

オッサンは椅子に座っていた。
オッサンの前には机が置かれている。

道端で机を置いて椅子に座っているオッサン。
それだけならまだ可愛いものだ。
しかしこのオッサンが座っている椅子は、オッサンの前に置かれている机は、
俺が毎日のように目にしている、学校で使われているようなものだったのだ。

明らかに異様な光景だった。

しかもオッサンは椅子の上で三角座りをしていた。
しかし窮屈そうな様子はなく、その座り方が最も正しく、この座り方でないと
思考力が何%か低下するのだと言わんばかりに堂々としていた。

174 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/25(土) 01:16:29 ID:???
机の上には白い紙が巻かれた円筒形の変な物が置かれていて、
中央に汚い字で『占』と書かれていた。
その変な物は缶コーヒーぐらいのサイズだった。
ていうか缶コーヒーだろ、これ。
コーヒーの缶に白い紙を巻いただけに違いない。
だってパイプを咥えた渋顔のオッサンのシルエットが透けて見えてるもの。

「少年、なにかお悩みかね?」

オッサンが上目遣いに俺を見て、言った。
俺は思わず後ずさってしまった。

オッサンの髪はボッサボサで、目の下にはクマが出来ていた。
ラーメン屋で見たあのオッサンとはまた少し違う“終わってる”臭に、
俺は生理的な嫌悪を感じた。

年はあのラーメン屋のオッサンと同じ20代前半ぐらいに見える。
どうやらこの年代のオッサンは世が昭和から平成へと移り往く際に
人として何か大事なものを失くしてしまったらしい。

「どうした少年、なにか悩みがあるのだろう?
 なにか……悩みがあるのだろう」

絶句している俺にオッサンの抑揚のない声が執拗に浴びせかけられる。
俺はオッサンの問いに答えることが出来ずただ立ち尽くすのみであった。

「ふむ、ふむ……」

俺が蛇に睨まれた蛙の如く動けないでいると、オッサンは机の中からおもむろに
筮竹を取り出した。
しかしオッサンが両手でジャラジャラと擦り合わせている筮竹からは、
湯に浸すとパスタが出来上がりそうな香ばしい匂いがした。

175 :天然ショボーン ◆SoBON/8Tpo :2007/08/25(土) 01:17:21 ID:???
携帯さん?!
しえん

176 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/25(土) 01:22:42 ID:???
「ふむ、君は中学生だね」

オッサンの濁った瞳が筮竹から俺へと移る。

──何故だ!? 何故俺が中学生だとわかった!?

俺は心臓を鷲掴みにされたような感覚に陥り、
「あ、あぁ……あ……」と否定も肯定も出来ずフリーザを目の前にした
クリリンのようにガタガタと奥歯を震わせた。
俺は今、学校指定の制服に身を包んでいるが、これを奇抜なデザインの
戦闘服に置き換えればあの悪夢の再現である。

オッサンの濁った目が俺を捉えて離さない。
深く、深く、どこまでも深い漆黒の闇がオッサンの目の奥に広がっていた。
このオッサン、只者ではない。

「すみません、お願い出来ますか」

突然、誰かが俺とオッサンの間に割り込み、俺はようやくオッサンの呪縛から
解き放たれた。

どうやら客のようだ。
スーツを着ているから、会社帰りかなんかのサラリーマンだろう。

177 : ◆K.tai/y5Gg :2007/08/25(土) 01:23:12 ID:???
オッサン

178 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/25(土) 01:26:26 ID:???
「実は、以前ここで見てもらった知人の紹介で来たのですが」
「ほうほう……それはそれは」
「その知人は先生のおかげで人生が上手くいったと喜んでいまして、
 私も是非診てもらおうと……」
「ふむふむ。して、お悩みは?」
「えぇ、実は……」

とオッサンとリーマンはなにやら真剣に話し始めた。
俺はなんだか怖くなって、その場からダッシュで離脱した。

家に帰るまで一度も止まらず全速力で走った。
そんで帰って速攻で寝た。


恐ろしい、本当に恐ろしい日だった。

世界はオッサンで出来ている。






179 : ◆K.tai/y5Gg :2007/08/25(土) 01:32:54 ID:???
かかった?

180 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/25(土) 01:34:13 ID:???
   2.馬鹿の理論



新しい朝が来た。
希望の朝だ。

飯食って、歯ぁ磨いて、顔洗って、ちょいちょいと頭セットして、
鞄を抱えていってきますと俺は家を出る。
今日も今日とて学校だ。


登校途中にミサとサユに出会った。

「おいーす」
「おは」
「おはよう」

いつも通りの挨拶をして俺達は並んで学校へ向かう。

「ジェノ、昨日サチコが怒ってたよ〜。って、いつものことだけど」

サユが朝の陽射しを手で遮りながら言った。
今日はいい天気やのう。

181 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/25(土) 01:38:51 ID:???
「掃除のことか。ん、まぁ……そら怒るだろうね」
「掃除ぐらいすればいいのに。そしたらサチコも見直すよ、きっと」
「なんで見直してもらわなきゃならんのさ」
「あれ? ジェノ、サチコのこと好きなんじゃないの?」
「なっ! は……ばっおまっなにを」
「あはは。わかりやすい」
「ちがっ……なに言ってんの」

と、俺はテンパりまくり。
否定も肯定も出来ていないぞ!

「まぁ今更掃除したところで、ジェノがサチコをゲットすんのは無理だと思うけどね」

ミサが携帯を片手に言った。
すごい速さで指を動かしてボタンをプッシュしている。
誰かにメールでも打ってるんだろう。
電柱にぶつかっちゃえばいいのにと思った。
その時だった。

「んがっ」

という無様な悲鳴をあげて電柱にぶつかったのは、ミサではなく俺だった。
誰かに後ろから突き飛ばされたのだ。

「ってーな! 誰ですかこの野郎!」

強打した鼻をさすりながら俺は後ろを振り返る。
誰もいない。

182 : ◆K.tai/y5Gg :2007/08/25(土) 01:41:26 ID:???
あ、なんだっけこの台詞

183 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/25(土) 01:43:18 ID:???
「わっははジェノ君、朝っぱらからぼーっとしてたらあかんよー」

と、高笑いが聴こえて俺は前方に向き直る。
サトチーとポンコがチャリに2ケツして遠ざかって行った。

「アホボケカス! 後で覚えてろよ! ってか俺も乗せてけ!」
「無理で〜す」

ポンコが舌を出して俺に手を振った。

俺は何かぶつけてやろうと辺りを見回したが、適当な物が見つからなかった。
仕方ないのでとりあえず中指を立てておいた。アホボケカス。ファック。


この日、晴刷市立三井銅鑼中学は朝からちょっとした騒ぎになっていた。
例の転校生の件である。

こんな中途半端な時期に、外国からハーフの転校生。
しかも女ときている←これは男子だけの興奮だが。


そして女神は舞い降りた。

「座玖屋・リベッタ・きらたまです」

ミドルネームもさらりとエレガントな自己紹介だった。
長いブロンドの髪、透き通るような碧眼。
すらりと伸びた長い足。ていうか全体的に細い。
非の打ち所がないとはこのことだ。
彼女は学校指定のだっせぇ制服もなんなく着こなし、
上品なアクセントで日本語を操るそのミスマッチさに誰もがため息を漏らした。

184 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/25(土) 01:47:42 ID:???
「あ……あ……」
「ありがてぇ……ありがてぇ……」
「う、うおぇっ……おぅ、おぇっ」

瞬きすら忘れて放心したように彼女を見つめている者。
涙を浮かべて拝む者。
興奮が過ぎて何故か吐きそうになっている者。

かくいう俺は鼻血を垂らしていたのだが、これは今朝の電柱とのタイマンのせいである。

たぶん。


教室は異常な雰囲気に包まれていたが、転校生は微動だにせずにっこりと微笑んだ。

「よろしくお願いします」
「アッー!」
「アッー!」
「アッー!」
「アッー!」

彼女の典雅な挙措に、男子達は尻子玉を抜かれたような叫び声をあげて昏倒した。

かくいう俺は鼻血が止まらなくなっていた。


「じゃあ座玖屋さんは窓際の一番後ろの席に座ってください」
「はい、先生」

教師に促され、彼女は静々とした足取りで指定された席へと歩を進めた。
彼女が一歩、また一歩と教室の床を踏みしめる度に誰かが泡を吹いて机に崩れ落ちた。

185 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/25(土) 01:51:59 ID:???
休み時間になると、他クラスから見物人が押し寄せた。
どいつもこいつもアホみたいに携帯で彼女を撮っていた。

しかし、そういったアホはひたすら写真を撮るだけで、
誰も彼女に話しかけようとはしなかった。
ひたすら鳴り続けるシャッター音に、俺はだんだん腹が立ってきた。
これじゃまるで見せ物じゃねーか、うるさいんじゃアホボケカス。ファック。

彼女に話しかけたのはサチコさんだけだった。
お昼休みに校内を案内するから、と優しく微笑むサチコさん。
どうもありがとう、と嬉しそうに微笑む転校生。

なんて美しい光景だろうか。
俺もちょっと写真に撮りたいなとか思ってしまったほどだ。


そして我が3年C組を中心とした喧騒は次第に沈静化し、
三時間目が終わる頃にはようやく写真を撮りに来るアホどもはいなくなった。

しかしその一方で、早くも『きらたま親衛隊』なるキモさ抜群の怪しい会が
立ち上げられていた。

親衛隊長の下ネタこと下ネタマックスが被写体の魂まで抜けそうな
馬鹿でかいカメラを持ってC組の周りをうろうろしていたが、
うろうろしているだけで実際に行動に移せないあたりが可哀想なぐらいキモい。

昼休み、意を決した下ネタは奴と同じぐらいキモい取り巻きと共にC組に
乗り込んで来ようとしたらしいが、我が校の正義の番人ジニに注意され、
あろうことか逆ギレして(なんでそうなるのかが理解不能。マジでキモい)奇声を
発しながらジニに殴りかかったという。

186 : ◆K.tai/y5Gg :2007/08/25(土) 01:56:45 ID:???
チャリって2「ケツ」なの?


って思ったら後ろに座ってるんか。そうか

187 : ◆K.tai/y5Gg :2007/08/25(土) 01:57:54 ID:???
はっはー


きらたまさんすげえや

188 :おいら名無しさんヽ(´ー`)ノ:2007/08/25(土) 02:00:58 ID:???
さすがきらたまん

189 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/25(土) 02:01:50 ID:???
しかし返り討ちに遭い、4秒で豚雑巾にされたのは言うまでもない。アホめ。

ちなみに下ネタには下ネタマスクというちょっと年の離れた兄がいるらしい。
どうでもいいね。


下ネタが豚雑巾にされていた頃、俺はサトチーとポンコとミサと共に自転車置き場にいた。

「ありゃ反則だろ、マジで」

ポンコがサンドイッチを齧りながら言った。

「可愛すぎじゃね? マジ神の領域」

ポンコはすっかり転校生にお熱のご様子だった。
同じクラスなのを気にしてか、写真撮ったりはしてなかったけど。

「可愛いよねー。人形みたい。飾っときたい。負けたわ、実際」

ミサは屈託なく笑って言った。

ミサだけではなく、多くの女子がそう思っているだろう。

「久々のヒットっすわ」

サトチーが携帯をイジりながら言った。

俺はそんなサトチーに対して湧き上がる不愉快な気持ちを牛乳と一緒に無理やり飲み込む。

190 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/25(土) 02:05:48 ID:???
俺は今日、サトチーと一言も口を利いていなかった。
なんでって、こいつ昨日のこと謝りもしないのだから。
いや俺に謝ってもしょうがないだろうし、関係ないといえばないとは思うが。
別に俺が怒られたわけでもなんでもないし、ERINGIの店長が言っていた通り、
こいつがベースを手に入れるのが遅くなるだけである。

でもでもでも、なーんか一言ぐらいあってもいいんじゃないの?
俺、呪われかけたんだぜ。かけたっていうか呪われたかもしれんのに。

人間とは勝手なもんで、ちょっと不満に思うことがあると関係ないことまで
気に入らなくなってくる。

「いやーなんとかして、どうにか出来んかね?」

転校生のことをそんな風に言うサトチーに、俺は無性に腹を立てていた。

俺がどうこういうことじゃないけどよ、お前キヨミちゃんはどうしたんだアホ。
ていうかあの楚々とした転校生をそんな狩人のような目つきで見るなよ、と。

「あ! やっばい忘れてた!」

俺がモヤモヤした気持ちでいると、突然ミサが立ち上がった。パンツ見えた。

「なによ」

俺の心情を察したかのような淡いブルーをありがとうと心の中で礼をして
俺はミサに訊いた。

「呼び出し、呼び出し」

そう言ってミサは慌しく駆けて行った。
なんのこっちゃ。

191 : ◆K.tai/y5Gg :2007/08/25(土) 02:08:05 ID:???
ほら

192 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/25(土) 02:10:00 ID:???
「あぁ、なんかチクリがあったらしい」

サトチーがそっけなく言った。
なんのこっちゃ。

「なに? あいつなんかやったん?」
「……あぁ、お前知らないんだっけ」
「なにを」
「いや、知らないんだったらいいんじゃね」
「はぁ?」
「そのうちな」

サトチーはそれきり黙ってしまう。
いやいやいや、意味わからんよ君。
なんか知ってるんだったら教えろよ。
その前にお前は知ってんのか。なんでだ。

「……もしかして、アレ?」

とポンコ。

「おう、ちょっとヤバげ」
「マジで? なんでまた」
「ん、後で」

訝しげなポンコにサトチーが目配せする。
おいおい、どういうことやねん。
お前らなんか俺をハブってませんか。

と思うけど俺は口に出さない、出せない。

193 : ◆K.tai/y5Gg :2007/08/25(土) 02:14:35 ID:???
口調が誰かに似てきた

194 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/25(土) 02:14:44 ID:???
じわ〜っと変な空気が流れる。
誰も口を開こうとしない。

不意に乾いた風が吹き抜けた。
──でも昨日とはなんか違って。

寂寞とした気持ちだけがいつまでも俺の中で生々しく渦巻いていた。
ちゃんと攫っていけよ、エアー野郎が。

なんだろ、すっごい疎外感。


「あ」

五分ぐらい続いた重苦しい沈黙を破ったのはサトチーだった。
あ。って言っただけだけど。なんかに驚いたような表情で。

何に? と思ったと同時に既にサトチーはパンとコーヒーを持って駆け出していた。

俺とポンコがサトチーの離脱の原因に気付いた時にはサチコさんが転校生と一緒に
俺達のすぐ後ろまで来ていた。あの野郎。せめてこれぐらいは教えろよ。

「またこんな所で宴会みたいなことを……」

サチコさんが眉間に皺を寄せて俺とポンコを睨む。

「宴会て。ただ昼飯食ってただけだし。ゴミもちゃんと片付けるよ」
「……まぁいいわ。今日は」

ふん、と鼻を鳴らしてサチコさんは俺達に向かって差し伸べる。
なんじゃい、握っていいのか? 握っちゃうぞ? と俺はドキドキしたが、
そうではなかった。

195 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/25(土) 02:18:45 ID:???
「座玖屋さん、ここが自転車置き場。そして彼らは私達のクラスメイトであり、
 我が校の癌です」

ガーン! なんちゃって。うわーつまらんと心の中で俺は俺にツッコむ。
しかし転校生はくすくすと笑っていた。俺のツッコミにではないけど。
ていうか癌て。ひどいぞーサチコさん! と俺はショックを受けるが、

「今日は天気もいいし、外で食べた方が美味しいかもしれませんね」

とかエスプリの効いたこと言っちゃう転校生のおかげで俺はちょっと救われる。

「よ、よかったら一緒にどうかい?」

俺もなんとか紳士的に切り返そうとしたが、咄嗟のことだったのでこんなことを言って
しまった。しかも食べかけの焼きそばパンを差し出しながら。

「私達はもう済ませました。教室で」

転校生の代わりにサチコさんがすっぱり拒否してくれた。
むしろありがたい。さすがに食べかけの焼きそばパンを受け取られても困る。

「ちゃんと片付けなさいよ。さ、行きましょ座玖屋さん」

サチコさんはふん、ともう一度鼻を鳴らして歩き出した。
俺達を怒ることより、転校生に校内を隈なく見せてまわることを優先したようだ。

転校生は俺達に微笑みかけてサチコさんに続いて歩き出す。

「ごきげんよう」

とか言い残して。
初めて聞いたぞ! ほんとに言う奴いるんだな〜! 

196 : ◆K.tai/y5Gg :2007/08/25(土) 02:21:01 ID:???
目的はなんでしょうかね

197 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/25(土) 02:22:35 ID:???
「うぅむ、ありゃ本物だな」

とポンコが呟く。

「おぉ、ありゃ本物だ」

何がかはわからんが俺も呟く。

「いやすげぇ。他の女子……ていうか、その辺の女にあのオーラは出せねぇだろ」
「おう。ある意味大和撫子やのう」
「……でもやっぱ、あの子からすりゃ日本はスシテンプーラのイメージなんかな」
「日本語ペラってるしいくらなんでもそりゃねぇだろ」
「そういやなんであんな日本語上手いの?」
「さぁ、知らん」

場末のチャリ置き場に颯爽と舞い降りた女神のおかげか、
いつの間にかギスギスした空気が吹き飛んでいた。

かに見えたのだが。


「……にしても、サチコ、ウゼぇ」
「え?」

あまりにも突然で直球な言葉に、俺は思わず聞き返してしまう。

「ウザいわマジで。ウザすぎ。何様なのあいつ」
「あぁ……」
「クラス委員かなんか知らんけど、ごちゃごちゃごちゃごちゃよぉ」
「……あぁ」

198 : ◆K.tai/y5Gg :2007/08/25(土) 02:24:49 ID:???
おっと

199 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/25(土) 02:27:01 ID:???
ポンコがベシッとサンドイッチを地面に叩きつけた。
食い物粗末にすんなよ。

「飯ぐらい好きなとこで食わせろって。なぁ?」
「そうね」

適当に返事しながら、俺はなんとか話題を変えようとあれこれ思考を巡らす。

「──マジ、ヤッちゃおうか」
「は?」

なにをやねん。
なに言ってんのこいつ。

「いや、ちょっとわからせてやらんとダメだろ、あれは」
「悪いの俺らだけどな」

ははは、とか言って俺は笑って誤魔化そうとしたが、ポンコの目の色は変わらない。

「なぁ、考えてみろよ。大体俺らが今までやった遊びだって、
 あいついなきゃバレなかったし、別に誰にも迷惑かからんかっただろ」

確かにそうかもしれない。
理科室で鍋パーティー事件はひっそりとやってきっちり後片付けするつもりだったし、
自習の時間にプレステ2事件はなんだかんだサチコさん以外はみんな爆笑だったし、
グラウンドに卑猥なミステリーサークル事件なんて陸上部とか野球部とかサッカー部が
ワッセロイと汗流してる間に消え去っただろうし、ていうか後で消そうと思ってたし、
五月だけど勝手にプールに水入れてウォーターボーイズごっこ事件も事前に触れ回ってた
から楽しみにしてた物好きな奴もいたし、もちろん終わったら水も抜く気だった。
昼の校内放送でエロ小説を朗読事件はまぁどうしようもないけど。

200 : ◆K.tai/y5Gg :2007/08/25(土) 02:29:04 ID:???
ほらほら

201 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/25(土) 02:32:02 ID:???
でもどんな屁理屈こいたところでどっからどう見ても俺らが悪いわけで。
サチコさんが怒るのはクラス委員として、ていうかまぁ人として当然なわけで。
ジニは意外とシャレのわかる奴なので全部笑ってたけど。でも怒ってたけど。
なぁポンコ、目がマジすぎて俺はちょっとひいてるんだけど、もうこの話やめようぜ……。

「あんなん、ガツンやったったらすぐ黙るだろ」

何故かエセ関西弁を駆使してポンコは言ったが、生々しすぎて俺は絶句してしまった。

「お前なぁ」
「あ? ジェノ、ムカつかねぇの?」
「いや、ムカつくっていうかさ、基本的に悪戯なんだからバレた俺らの負けっていうか」
「だから悪戯だろ? それぐらいのことで目くじら立てんなっつー話」

やめろポンコ。それは馬鹿の理論だ。
俺も馬鹿だけどさ、認めるけど。
それは認めるけど、踏み越えちゃならない線ってのがある。

俺はそう言ってやりたかったが、やっぱり言えないでいると、

「今度ごちゃごちゃ言いやがったら顔面アンパンマンみたいにしてやろうぜ」

ポンコはとんでもないことを言い出した。
笑ってるが目は完全に座っている。

「お前……」
「なんだよ」
「本気で言ってんのか」
「──冗談に決まってんだろ」

こいつ最高にアホ!
言っていいことと悪いことがあんだろうが。

202 : ◆K.tai/y5Gg :2007/08/25(土) 02:34:50 ID:???
事件の臭いがするかと思ったのに

203 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/25(土) 02:36:29 ID:???
「つーかジェノ……お前なんでサチコの肩持ってんの?」
「別にそんなんじゃねぇよ」
「持ってるじゃん」
「持ってねぇよ」
「なら次に何か言ってきたら──」
「いい加減にしろよ」
「あ?」
「あ? じゃねーよ」
「なんだよ」
「くだらねぇこと言うなっつってんの」

俺はゆっくり立ち上がる。
授業開始5分前を知らせる予鈴が鳴ったからだ。
だがポンコはそう解釈しなかったらしい。

「やんのか」

やんのか、じゃねぇよいつの時代だボケが。
一人でやってろ。

俺はポンコを無視して、どんよりした気持ちを抱えたまま教室に向かった。
無視してもどうせ教室で顔合わせるんだけど。

サチコさんも。


もうサチコさんも転校生も戻ってるかなーとか考えながら廊下を歩いてると、
ジニが階段を上がって来るのが見えた。
珍しい。授業開始5分前にはきっちり自分の席に着いてるような奴なのに。

204 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/25(土) 02:38:13 ID:???
「おう、どした珍しい。ウンコでもしてた?」
「してねぇよ。ちょっと職員室」
「ふぅん、また何かスバラシイ企画でもプレゼンして先生に褒められてたんか」
「違う違う、その逆」

そこで俺はジニが下ネタを豚雑巾にした話を訊いた。

「やるなぁ、お前。グッジョブやんけ。はっははは」
「笑いごとじゃねーよ。『喧嘩なんてお前らしくない』とか言われちゃってさ」
「今更だよな。ほんとは暴力大王なのに」
「誰がやねん」
「ていうかあんなポテポテウンコじゃ喧嘩にもならなかっただろ」
「おう、大振りな右フック上段受けで捌いて側頭部にまわし蹴り一発……ってなに言わす」
「まぁまぁ、とにかくお前マジグッジョブ。姫にナイトの称号もらえっかもよ」
「別にそんなつもりでやったわけじゃないし」

とかぶっきらぼうに言ってジニは鼻をポリポリ。
素敵すぎるよお前。愛してるぜ。

「そういやお前、転校生見た?」
「んー? そういやまだ見てないな。クラスの奴らは騒いでたけど」

さすが。
武士。
なんていうかお前は武士。

205 : ◆K.tai/y5Gg :2007/08/25(土) 02:42:08 ID:???
にこ寝たか

206 : ◆K.tai/y5Gg :2007/08/25(土) 02:46:48 ID:???
またか。分身しよっか?

207 : ◆K.tai/y5Gg :2007/08/25(土) 02:50:53 ID:???
どうでしょうか

208 :おいら名無しさんヽ(´ー`)ノ:2007/08/25(土) 02:52:54 ID:???
手痛い誤爆しました

209 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/08/25(土) 03:00:15 ID:???
「おい、授業始まるぞ。ほれ戻れ戻れ」
「先生かお前は。じゃあの」
「だからなんで竹原やねん」

俺は軽く手を上げて教室に入った。
ジニは手を上げ返してくれなかった。つれない奴。

でも俺の心はちょっとだけ晴れてた。
なんでか知らんけど。
ジニのおかげで。






210 : ◆K.tai/y5Gg :2007/08/25(土) 03:01:10 ID:???
みじかっ

211 :おいら名無しさんヽ(´ー`)ノ:2007/08/31(金) 21:04:33 ID:eQxzt+Es
保守

212 : ◆KYuSyUA/K2 :2007/09/06(木) 01:59:59 ID:zoj0tlWo
ほしゅ

213 :おいら名無しさんヽ(´ー`)ノ:2007/09/10(月) 22:32:34 ID:???
ほしゅ

214 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/09/15(土) 23:22:04 ID:???
   3.襲名



「ノワ様、という方からお電話が入っておりますが、お繋ぎしてよろしいでしょうか?」

僕にとっての晴刷市での二日目は、フロントからの電話で始まった。

「お願いします」

僕はベッドに寝転んだままそう告げて、時計を見た。
6時だった。

こんな朝早くにかけて来やがって。


「お前、いつまで寝ているんだ」
「今何時だと思ってるんだ。非常識な」
「何言ってる。何時間寝る気だ?」
「はぁ?」

もう一度時計を見る。
6時。12分。

昨日寝たのは9時半ぐらいだっただろうか?
ということは9時間足らずか。
ちょっと寝すぎたかもしれないが、ノワ如きに責められるほどではない。

215 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/09/15(土) 23:27:37 ID:???
もう一度時計を見る。
6時。13分。

お?

あれ? 6時って午後の6時か。

「何度も電話したんだぞ」

ノワはぷりぷり怒っている。
確かにこれは寝すぎだ。
ちょっと笑える。

「なに笑ってるんだ」
「うるさいな。許せ」
「まぁいい。で、いつ出てこれる?」
「なにかあったのか」
「座玖屋が、鈍堕華も交えて話したいと」
「──ほう」
「という訳で迎えに行く。用意するのにどれぐらいかかる?」
「とりあえずシャワーだけ浴びるから30分後にホテルの前で待っててくれ」
「わかった」


電話を切って、僕はベッドの上に服を脱ぎ捨てる。
全裸になると、体が汗臭いことに気付いた。

216 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/09/15(土) 23:31:49 ID:???
なんだろう。
誰かに汗臭いのを指摘された気がする。

誰だ無礼者め。

僕は誰にともなくぷりぷり怒りながらバスルームに向かった。


さっとシャワーを浴びて、服を着替えて、ノワとの電話を終えてからきっちり
30分後にホテルの外に出る。

ホテルの玄関の前にバイクを停めて、ノワが退屈そうに道行く人々にメンチを切っていた。

「君、もう朝食は済ませたか?」

僕が声をかけると、ノワは苦みばしった顔を更にしかめた。

「それを言うなら夕食だろう」
「僕はまだ食べてないから、朝食で正しい」

世界は僕を中心にまわっている。

「はぁ?」
「もういいよ。それより早く行こう。昨日みたいに変なのが来たら面倒だ」
「あぁ」



バイクでぶーんとすっとばすこと十数分で座玖屋邸に到着。
僕達が着くと同時にギーニャニャニャと門が開く。
門の向こうには無表情なオッシャルトが立っていた。

217 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/09/15(土) 23:35:29 ID:???
「お待ちしておりました」

昨日と同じセリフを吐いてオッシャルトは軽く頭を下げる。

そしてオッシャルトの後に続いて、やはり昨日と同じく奥の座敷へ。


「どうも。二日も続けて呼びつけて大変申し訳ない」

僕達が座敷に入ると、まず座玖屋がそう言って慇懃に頭を下げた。

「こんばんは」

続けて座玖屋の隣に座っていたきらたまも頭を下げた。

そして、二人から少し離れて座布団の上であぐらをかいている男が一人。
男は僕達に対して明らかに敵意を剥き出しにしていた。

「鈍堕華、挨拶ぐらいしたらどうなんだ」

座玖屋が男に向かって言った。
どうやらこの初っ端から殺る気まんまんのこの男が鈍堕華らしい。

鈍堕華は座玖屋によく似た顔をしていた。
どこからどう見ても親子にしか見えない。
やはり僕の勘は当たっていた! すごいぞ僕! と僕は自分の直感力を褒め称えた。

鈍堕華はかなり若かった。
といっても僕とそう変わらないぐらいだろう。
二十歳そこそこに見えた。
きっと座玖屋の若い頃はこんな感じだったのだろう。

218 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/09/15(土) 23:38:36 ID:???
ていうかイノセンスもう要らん。
座玖屋に気付かれないように調べるまでもない。
これで親子じゃなかったら詐欺だ。別になにか騙し取られたりしてないけど。

「俺は……こんな奴らと手を組むのは反対だって言ってるだろう」

ここで鈍堕華が初めて口を開いた。
声まで座玖屋にそっくりだ。

「まだそうなるとは決まっていない」

座玖屋が曖昧に言いながらこちらの表情を伺う。
今日も狸だな、このオッサンは。

「それを話し合う為に、お前も呼んだんだ」
「話し合うことなんて何もないな」
「ならどうして来た?」
「話し合うことなどなにもない、とはっきり言う為に来てやったんだ。
 そいつらにも、あんたにも」

座玖屋と鈍堕華は、お互い淡々とした口調でやり合い始めた。
つまらん。親子喧嘩なら僕達が帰ってからにしてくれ。

「そっちには話し合うことはなくても、こっちにはある」

と、ここでノワがずいっと口を挟んだ。

「昨日の件は、どういうつもりだ?」

仏頂面に仄かな遺憾の意を忍ばせて、ノワは鈍堕華を睨みつける。
昨日のナッパとホウキのことだろう。

219 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/09/15(土) 23:39:34 ID:???
「なんのことやら」
「とぼける気か? 昨日俺達を襲ったのはお前の手下だろう」
「知らないな。そいつらが『座玖屋ファミリー・鈍堕華派』と書かれた名刺でも
 差し出してきたのか?」
「そんな屁理屈が通るとでも思っているのか……?」

ノワの口の端が僅かに吊り上る。
怒ってる、怒ってるよ。
ノワが怒っているようだ。

僕は少しワクワクしてきた。

「なら仮に、この先俺達が共存していくことになったとして、
 昨日の奴らと顔を合わせるようなことがあったら……どうする?
 その時は『過去の話』で済ます気はないぞ」

よほど確信があるのだろう。
ノワは真っ直ぐ鈍堕華の目を見て言った。

「だから知らないって言ってるだろう。
 ただ……昨日の話なんだが、どうも使えない部下が二人ほどいてね。
 俺が与えた仕事を満足にこなせなかったんで、ちょっと暇をやることにしたんだ」
「なんだと」
「長〜い休暇を与えてやったよ。今頃季節はずれのダイビングでも楽しんでるんじゃ
 ないかな。あんまり楽しくて浮かぶことも忘れて潜ってるかもしれないな、あいつら」

鬼畜だなこいつ。
部下に対して愛情の欠片もないなんて、最低な上司だ。
僕を見習え。

220 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/09/15(土) 23:48:35 ID:???
「つまり、あくまでシラを切るわけだな」
「ま、俺には関係のない話だ。どう受け取ってもらっても結構」
「言葉は慎重に選んだ方がいいぞ。俺がどう受け取るかは俺にしかわからない」
「ふ……どうしても文句があるってんなら力ずくで来なよ。受けて立つぜ」
「ほう……」

ピシピシと二人を取り巻く空気が音を立てているようだ。
楽しくなってきた。楽しくなってきたぞ。
喧嘩しろ、お前ら。

「ノワさん、少し待ってください。鈍堕華、お前もだ。自重しろ」

二人の間に流れる不穏な空気などものともせず、座玖屋が割って入った。

「ノワさん、その件についてはいずれ事実関係を明らかにすると約束します。
 もしもその時、我々が共にいい関係を築いていたとしても、
 その時はノワさんの気の済むようにさせていただきます。
 勝手ですが今はそれでなんとか納得していただけませんか」

座玖屋はそう言って神妙な顔つきで恭しく頭を垂れたが、
どうせ証拠など出てこないと見越した上での発言だろう。

ノワはそんな座玖屋のお為ごかしに納得したわけではないだろうが、
特に何か言い返すわけでもなく、かぴかぴになった油揚げを無理やり
口につっこまれたような顔で頷いていた。

退くなよ、そこで。
ガンガンいっちゃらんかいと僕はノワに目配せする。
しかしノワはにぶちんなので僕の視線に気付かなかった。

221 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/09/15(土) 23:52:27 ID:???
「さて、それではそろそろ本題に入りましょうか。
 もうこれ以上場を温める必要もなさそうだ」

座玖屋は皮肉めいた前置きをして、ゆっくりと部屋にいる全員の顔を見渡した。

「ノワさん、九州さん……それにきらたま、鈍堕華、お前達もだ。
 よく聞いてほしい。私は今日限りでこの家業から身を退く」

思いがけない引退宣言だった。
あまりに突拍子のない発言に、誰も口を開くことが出来なかった。
僕やノワはもちろん、きらたまや鈍堕華にとっても想定外のことだったのだろう。

二人とも訝しげに座玖屋の顔を見ていたが、座玖屋は二人とは目を合わせようとは
しなかった。

「それは、どう解釈すればいいのでしょう。まだ続きがあるのでしょう?」

みんなぽかんとしていたので、仕方なく僕が先を促した。

「私は引退します、ということです」
「そうではなくて。引退して、それでどうするつもりですか」

僕はきらたまの顔を見ながら言った。
この娘に跡目を譲って隠遁生活を送るのは結構なことだが、
置き去りにしていることがいくつかあるだろう、という意味を込めて。

「そうですな。しばらくのんびりしようと思っています」
「いや、だからそういうことではなく」

なにをボケかましとるのだと頭をはたいてやろうかと思ったが、ぐっと堪える。

222 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/09/15(土) 23:57:41 ID:???
「今後のことは全て三代目に任せます」

そう言って座玖屋はきらたまに優しく微笑みかける。
すると鈍堕華が座卓に拳を叩きつけて立ち上がった。

「ちょっと待て! どういうつもりだ、親父!」

ほら言った! 今、親父って言ったよ!
やっぱり当たってた。すごいな。僕はすごい。ふふふ。

「よりにもよってファミリーの存続に関わることを、きらたまに任せるだと!?
 あんた、どうかしてるぞ! おい、今言ったことを取り消せ! さもなくば──」
「さもなくば、俺に跡目を譲れ、か?」
「──あぁ、そういうことだ。こいつには……きらたまにはファミリーを
 仕切っていくのは無理だ。こいつにそんな器量はない」

鈍堕華は忌々しそうにきらたまを見下ろす。
きらたまはきゅっと唇を噛んで俯いていた。

そういえば、こいつら兄妹になるのか?
全然似てないな。いや似てないというかそれ以前に……。

「もう決まったことだ。座玖屋ファミリーの三代目はきらたまだ」
「もう決まった、だと!? 寝ぼけるなよ親父。俺は認めていないぞ」
「口の効き方に気をつけろ、鈍堕華。今日中はまだ私が組織の長だ」
「都合のいいことばっかり言いやがって。あんたはいつもそうだ」
「なんとでも言え。そしてお前の自分勝手な言い分を聞くつもりもない」
「自分勝手なのはどっちだ。あんたがそんなだから母さんは──」
 
鈍堕華はそこで言葉を詰まらせ、座玖屋から目を逸らして俯いた。
重い沈黙が室内を包む。

223 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/09/16(日) 00:01:39 ID:???
辛気くさい。
なんだこの茶番は、と僕がうんざりしていると、鈍堕華は無言で座敷を
出て行った。誰も彼を止めようとはしない。

「いいんですか」

と、口を開いたのは僕。すると座玖屋は、

「ノワさん、九州さん、お二人とも夕食は済ませられましたか」

とかいきなり言い出した。

「まだだ」

ノワが答える。
僕は夕食どころか昼食も朝食もついでに間食もしていない。

「そうですか」

座玖屋は鷹揚に頷き、オッシャルトに目配せする。
オッシャルトは無言で頷き、座敷を出て行った。

「ではしばしお待ち下さい。私は夕食までの間、少し考えさせていただきたいことが
 ありますので、では……きらたま、任せたぞ」

と言って座玖屋も座敷を出て行ってしまった。

なんだ。勝手に話が進められているぞ? 
と僕は敵になるのか味方になるのかわからない奴のうちでごはんをおよばれすることに
なるという展開に戸惑った。
でもお腹が空いていたのでまぁいいやと思った。
それにもうひとつ。

224 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/09/16(日) 00:05:34 ID:???
「君はここに残るのか?」

僕は悄然としていたきらたまに話しかけた。
座玖屋のいないところでこの娘と話してみたかったのだ。

「はい」

俯いていたきらたまはようやく顔をあげ、力なく笑った。
本当は自分もひっこみたいが、客をほったらかしておくわけには
いかないと思っているのだろうか。

「いくつだっけ?」と僕は訊く。
「15歳です」ときらたまは答える。知ってる。
「15歳、ということは中学生になるのかな? 学校には行ってるの?」
「明日からこの街の中学校に通うことになっています」
「へぇ。明日から、ということは、今までは行ってなかったんだね」

と僕は当たり前のことを言う。
きらたまは小さく頷いた。

「今日、3年ぶりに日本に帰って来たばかりなんです」
「あぁ、なるほど」

ふむふむ。

「日本語、上手だね」
「生まれは日本ですから」

ということは12歳まで日本で育ったのか。
そりゃ上手くて当然だ。

225 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/09/16(日) 00:09:18 ID:???
「3年ぶりに帰ってきたなら、随分景色が違って見えるだろう?
 この国はすぐに流行が移ろいでいくから」
「そうなんでしょうか」
「帰って来たばかりじゃまだ実感はないかな?」

ふふ、とか言って僕はきらたまに微笑みかける。
だんだん血の気が引いていくのが自分でもわかる。

「帰ってきたのはやっぱりファミリーを継ぐ為?」
「……お父様はそのつもりで私を帰国させたのだと思います」

思います、か。
うーむ、まだちょっと反応が硬いな。

「君はあまりお父さんの後を継ぎたくないようだね」
「そんな風に見えますか……?」

ときらたまはちょっと困ったように首を傾げる。

「なんとなく、そう見えただけだよ」
「そうかもしれません。私も、自分でわかってはいるのです。
 お兄様が言っていたように、私にファミリーをひっぱっていく器量はないと」

お兄様……やっぱり兄妹だったか。
その辺の事情に深くつっこんでいいべきかどうか僕は迷ったが、

「本当は、お父様だってわかっているはずなんです」

ときらたまが自分から話し始めたので僕は適当に真面目な顔を作って頷く。

226 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/09/16(日) 00:13:23 ID:???
「私よりも、お兄様に後を継がせた方が上手くいくって、
 お父様もわかっているはずです。けど……」
「けど?」
「お兄様がああいう人ですから……」

ああいう人と言われても僕はまだ鈍堕華のことをよく知らないのだが。

「お父様とお兄様はいつもああやって言い争っていました。
 いえ、言い争っていたというよりは、お兄様が一方的に、お父様に対して
 反発していたというのが正しいのですが」
「あぁ、彼は君とは随分タイプが違うようには見えるね」
「はい」
「兄妹にしてはあまり似ていない、ね」

ね、とかいう自分に眩暈がする。
焦れったい。きらたまは僕の曖昧な問い方に「そう見えますか」と曖昧に答える。

えぇいまどろっこしい! やっぱり駄目だ! 優しく訊き出すのはヤメだ! 作戦変更!

僕はふぅーと息を吐く。
どうもこの手の慎ましい娘は苦手だ。
そのせいか自分のペースを見失ってしまっていた。
なんで僕が15の小娘に気を遣わねばならんのだ。

「どうしたのですか?」

僕がぶしゅうと鼻息を漏らしたのを見て、きらたまが訝しげに僕を見つめる。

ふぅー。
邪魔臭い。

227 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/09/16(日) 00:17:16 ID:???
「君と鈍堕華は血が繋がってないんだろう」
「え……?」
「そうだろう」
「どうして……ですか?」
「質問してるのは僕だ」

遠まわしに探りを入れるのに疲れた僕は、知りたいことをストレートに
質問していくことにした。
答えたくないならそれでいい。嘘をつきたければつけばいい。判断するのは僕だ。

「もう一度聞くぞ。君と鈍堕華は血が繋がってないんだろう」
「……はい」
「ふむ」

それだけ確認出来れば大体のことは想像がつく。
なので今はそのことについてこれ以上追求しない。
訊いてもあまり意味がないし。

「それで? 君はこれからどうする気だ?」
「どういうことですか」
「君の父親は君に三代目を継がせるとはっきり宣言したじゃないか。
 君も内心はどうあれ後を継ぐことを決心したんじゃないのか」
「私は……その……はい」
「なら座玖屋ファミリーの今後の方針については君に決定権があるんだろう。
 で、どうする? なにが、とか寝ぼけたことは言うなよ」
「はい、わかります……」

まさかいきなり決断を迫られるとは思っていなかったのだろう、
きらたまは明らかに動揺していた。

228 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/09/16(日) 00:20:11 ID:???
「私は、昨日言ったように、座玖屋ファミリーも華鼬もこの街から退くべきだと
 考えています」

若干声が震えていたが、きらたまははっきりと言い切った。
駆け引きでもないんでもない、本心からの言葉に違いない。

「しかし実際にはそうもいかないだろう。
 まず、君の兄であり組織のナンバー2でもある鈍堕華が納得しない。
 先代の父親もそうは願っていない。
 そしてなにより僕達に退く気はない」
「わかっています」
「へぇ、じゃあどうやって全員を納得させる気だ?」
「……お兄様とは、これから話し合っていきます。お父様も。
 華鼬……九州さん達には、納得してもらえるよう努力します」
「それ、本気で言ってるのか?」
「本気です」

呆れた。
結局のところなにひとつ具体的な案はないと言ってるようなものだ。

「まぁ、座玖屋ファミリーの三代目がそういうのなら、
 今後のことについてはゆっくり話し合っていこうか」

僕が皮肉を込めてそう言うと、きらたまは「ありがとうございます」と
嬉しそうに微笑んだ。







229 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/09/18(火) 00:00:43 ID:???
   4.騒がしい夜



座玖屋邸を出たあと、ワイミーズとかいうファミレスで今後のことに
ついて夜中までノワと話し合っていたが、この後が大変だった。

ファミレスを出てすぐ、鈍堕華派とみられるチンピラ達に襲われたのだ。

敵は5人いたがまぁノワの相手ではなかった。
ノワはスッとかキャン、ビュッとか動いてシバッとかパパパパンとかやって
一瞬で5人全員を沈めた。
ノワがチンピラどもに鈍堕華派だということを吐かそうとしたが、
すぐに警察が来てしまったので僕達ははやむなくその場を離れることにした。

それからバイクでホテルへ向かう途中、今度は15人に襲われた。
信号待ちで止まった時に、まず僕達の後ろを走っていた黒塗りの車が
勢いよく突っ込んできた。

ノワはガチン! となにか(バイクのなにかだと思う)を踏んで、ギュッと左のハンドルに
ついてるブレーキみたいの(ブレーキじゃないらしい)を握って、それからアクセルを
グインとまわしてバイクの前輪を浮き上げて僕は落ちそうになったのだがまぁなんとか
落ちずに済んで、バイクは地面に接地した後輪を軸にくりんと180度回転して
突っ込んでくる車の方に向かって走り出した。ウィリー走行というやつである。
面食らった相手が一瞬スピードを緩めると、バイクの前輪は相手の車のボンネットに
ずごしとめり込んだ。その瞬間、んむぎゅと右のハンドルについてるブレーキ(こっちは
前輪のブレーキらしい。意味がわからん)を握りながらノワが体を上下に
揺らせて?(←なんかすごい勢いで体がブレて見えた)今度は反対に後輪がクンッと
浮き上がり、ボンネットにめり込んだ前輪を軸にバイクがやっぱり180度回転して
僕はファミレスで食べたリンゴパフェを吐きそうになる。

230 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/09/18(火) 00:05:43 ID:???
後輪が重力に従って降り始めると同時にノワはブレーキから手を離してしまう。
すると前輪がベコベコにへこんだボンネットの上をずこべこするると転がり、
僕は背中がゾワッとなる。その直後、ずっずんという重い音と同時に
僕の視界が激しく上下して、それに伴い臀部から脳天にかけて衝撃が走った。

僕が痛みを感じる前にバウンギャリギョギョとバイクが動き出す。
ぼうんぼうんとバウンドしてバイクは車の上から下りて、ノワはそのまま
スピードを上げて走り去ろうとした……が、今度は前から似たような黒塗りの
外車がブオーと突っ込んできた。

ノワはちっと舌打ちして「掴まってろよ」と言った。
僕は嫌な予感がしたのでノワの腰を両腕で思いっきり抱き、締めた。

視界がジグザグにく、くんと高速で斜めに落ちる。
もうノワの動きを観察している余裕はなかった。

ジョアッギャン! と空気を切り裂くような鋭利な轟音が夜の街に響き渡る。
バイクは物理を無視して前から突っ込んできた車の15センチ手前で車体を
丸ごと“ずらして”突っ込んで来る車を躱した。

と思ったらいきなり目の前の路地から新たな黒塗りの車がぬっと現れた。
ノワはくっと唸って強引に車体を倒し、片足をずだん! と地面に叩きつけて
無理やりバイクを止めてしまう。止まったとき一瞬バイクが浮いたのがわかった。
慣性の法則で僕の体は座席シートから投げ出されそうになり、
僕はノワの肋骨をぶち折るつもりでノワの腰にしがみついた。

「九州! その辺に隠れてろ!」

とノワは僕の両腕からするりとうなぎの如く抜け出して、車から降りてきた
連中に向かって一直線に走り出す。

231 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/09/18(火) 00:10:09 ID:???
どこに隠れればいいのだと僕は思った。
どこにも身を隠せそうな場所はなかったのだ。

仕方ないので僕はぼーっとつっ立ってノワの変態っぷりを傍観することにした。

最後に現れた車から5人降りてきた。
運転席、助手席、後部座席、ぎゅうぎゅう詰めかよ。
さぞ暑苦しかっただろうなと思っていると、相手の5人は全員が示し合わせたかの
ように懐に手をつっこんだ。なにか武器を取り出すのだろうと僕は予想したが、
その答えはわからなかった。

彼らが懐から手を抜く前にノワは距離を詰め、シバッビッババッビッとなにかして
全員倒してしまったのだ。はっきりいって見えなかった。変態だ。
なに食ったらそんな動きが出来るのだろうか。

「──九州!」

振り返ったノワが血相を変えて叫ぶ。
なんじゃい、と思ったらいきなりごっつい手で後ろから口を塞がれた。
そうだ、他にもいたんだっけと僕はちょっと反省した。油断大敵とはこのことか。

「動くんじゃあねぇ!」

ごつっと僕のこめかみに銃口らしきものが押し当てられる。
動いたらぶっ殺すぞというよくあるシーンだ。

しかし僕は僕の口を塞いでいる手がじわっと汗ばんでいてとても気色悪かったので
思い切りその手を噛んでやった。
ぐわあこの女! とかいって僕の口を塞いでいた丸刈りの男が口から手を離したので、
僕はそのまま踵で掬い上げるように股間を蹴り上げる。
げへぁ! とかいって丸刈りの男が膝をかくんと折ったので、僕は丸刈りから
銃を取り上げて、丸刈りの額に銃口を押し当てて引き鉄にかけた指に力を込める。

232 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/09/18(火) 00:14:56 ID:???
丸刈りの表情が一瞬で凍りついたので僕は脳髄がとろけそうになったが、
快感も銃撃も不発に終わった。丸刈りが安全装置を解除していなかったのだ。馬鹿が。

安全装置を〜とかいっておいて僕はどれが安全装置なのかわからなかった。
なんとか解除出来ないものかと適当に銃身をさわさわしている内に、ノワがズビュッと
残像を残しながら僕の横を駆け抜けていく。

シャウッ……キャンッザザザザザ、ビバッ、ざうっ! ボッ!
ビガッゴッひゅっビッパパパン! う、うわあこいつ化け物だズバッへぶべっ!

「あ、これか」

僕が安全装置を解除し終わった頃には、目の前に10人の男が倒れていた。
そして戦闘終了を待っていたかのようにパトカーのサイレンが鳴り響いてきた。

これが2戦目。
まだある。


ノワがバイクを起こそうとした時、今度はトラックが突っ込んできた。

「いたぞァ! ぶっ殺せぇぇぇヤッ!」

助手席から身を乗り出したピンク色のアフロ頭がチェーンを振り回しながら
叫ぶと、それに応えるように荷台に乗った十数人の雑魚いルックスの男達が
解読不能な言語で喚き始めた。

233 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/09/18(火) 00:30:57 ID:???
「ルァァー! ッロセヤァー!」
「グリャァ! テんダラネッゾッラァー!」
「ウメタレヤァー!」

トラックはスピードを緩めるどころか、どんどん加速してつっこんでくる。

ノワはバイクを起こすのをやめ、つっこんでくるトラックに正面を切って向き合い、
ぐっと膝を曲げて腰を落としたかと思うとズバンッ! と地面を踏み抜いて
トラックに向かって跳び込んだ。両腕を広げて地面すれすれを這うように跳ねる
その姿はまるで尻の穴に爆竹を詰め込まれた蛙のようであった。

ドガッシャズガガガン! ぬああああっ!
激しい衝突音とノワの咆哮がハミングして戦慄の旋律を奏でる。

数秒後、荷台に乗っていた雑魚達が宙を舞っていた。
皆、手足をバタバタさせながら夜空を遊泳するその様はまるで下痢気味で
調子の出ない渡り鳥の群れのようであった。

助手席から身を乗り出していたピンクアフロは体勢が悪かったのか、
ねずみ花火のようにものすごい勢いで横に回転しながら車外に放り出され、
頭かどこかから噴水のように血を噴出しながら道路の上でいつまでもしゅるしゅると
回っていた。

運転席に乗っていた男は、フロントガラスを突き破ってどこに飛んでいってしまった。


ノワは、推定時速80キロでつっこんできたトラックを受け止めてしまった。
踏ん張った両足の靴の裏と地面の間から白煙が上がっている。

234 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/09/18(火) 00:35:47 ID:???
「さぁ、行くぞ」

ノワは爽やかな笑顔で振り返った。
ぜんぜんかっこよくなかった。

これが3戦目。
雑魚相手とはいえ、まったく騒がしい夜だ。

眠くはなかったが、僕はなんだか疲れたいたのでさっさとホテルに帰って
ゆっくりしたかった。

ホテルに戻る前に、僕はノワに寄り道するように命じた。

「ちょっとコンビニ寄ってくれ」僕は言った。
「コンビニ? あぁ……」と運転しながらノワ。

僕はリンゴジュースが飲みたかったのだ。

「別にどのコンビニでもいいんだろ?」
「たぶん」
「じゃ、そこでいいな」

と、バイクはボウンドッドッドッドッっと減速しながら
国道沿いのコンビニの駐車場へ入る。
バイクを降りて僕とノワは店内へ。

いらっしゃせぇとやる気のない茶髪の店員がレジでなにかしながらぼそぼそと呟く。
店内には雑誌コーナーに客が一人いるだけだった。
まぁ夜中だしそんなものだろう。

235 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/09/18(火) 00:41:19 ID:???
「なんかアレだな……」と僕。
「なんだ」と訝しげにノワ。
「いや……いい」
「なんだよ。気になるな」
「うぅ、やめろ。なんか……その感じ」
「ははは、変な奴だな」

やめてほしい。

カップルみたいに思われるから。


僕はまず飲み物が並んでいるコーナーに足を運んで、
パックのリンゴジュースが売っているのを確認する。

それから棚と棚の間を縫って特になにを探すわけでもなく
ぐりぐりと店内を練り歩く。
インスタントラーメンが置いてあるコーナーでノワが
しゃがみ込んで値段を確認しているのを見てなぜだか泣きそうになった。
つい買ってあげようかと思ったほどだ。

最後に雑誌のコーナーへ。


くさい……。

雑誌コーナーは異常な臭さだった。

異臭の元凶は一目でわかった。
僕達が入る前からいた客である。

236 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/09/18(火) 00:45:02 ID:???
その客は20代前半にも見えたし30代後半にも見える年齢不詳な男だった。
縦にはそんなに長くなく身長はごく平均的だと思われたが、横に長かった。
そして厚かった。

男は全身から放つ異臭を完全に着こなしていた。
そう、着こなしていたのだ。
異臭は彼にとって必要不可欠な要素であるに違いない。
そう確信させるには充分すぎるほどの説得力をその男は持っていた。

なにか角を思わせる膨らみが二つある変な色の変な形をした帽子のような帽子には、
なにに使うのか甚だ疑問ではあるが、ゴーグルが付いていた。

しかし男はそのゴーグルを装着しているわけではなく、普通に眼鏡をかけていた。
明らかに低い視力を補う為にだけその用途を発揮していると思われる、
ファッションのファの字も見当たらない、良く言ってダサカッコワルイ眼鏡の
レンズはおそらくNASAあたりで銀河系の奥の奥まで見通す為に開発されたのでは
ないかと思われるほど分厚かった。
しかしレンズは意識的に着色されているのではないかというほど黄色く変色していて、
男の目はレンズ越しには見えそうになかった。
というか彼もそれで低い視力を補えているのか? と心配になるほどである。

もしかするとちょっと勇気をだして自分で色を塗ってサングラス風に
してみたのかもしれない。
もしかするとどこか得体の知れないアンダーグラウンドな分野では
流行っているのかもしれない。
この男が暗躍している分野ならさぞかし得体の
知れない世界なのであろう。


237 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/09/18(火) 00:52:16 ID:???
男のハイセンスさは帽子・眼鏡だけにとどまらない。

男は白いカッターシャツの裾をズボンの中にきっちり入れていた。
身だしなみを整えるのはいいことだと思う。
それしかフォローのしようがなかった。

シャツは薄く、白いせいか下に着ているTシャツのプリントが透けていた。

安室奈美恵である。

Tシャツも白らしく、プリントされた安室奈美恵の顔が彼の腹の上に
うっすらと浮かび上がっていて、安室奈美恵の魂を抜き取って
呪縛の如く腹の中に封じ込めているようであった。
こんな得体の知れない男の腹部に封じ込められていることを知ったら
さすがの安室ちゃんもスウィートスウィートナインティーンブルースとは
歌えないだろう。

彼の容積率超過気味な贅肉のせいで計らずも横に引き伸ばされてしまった
安室ちゃんの顔はとても悲しげで、見ていてとても痛々しかった。
この顔ではきっと小室ファミリーには入れてもらえない。

男がシャツをインしているズボンは高級そうな革で出来ていた。
一見して本皮を使用しているのがわかるほどで、蛍光灯の淡い光を
滑らかに映す光沢が憎たらしいほどに鮮やかだった。

しかし半ズボンだった。

ゴムの伸びきったくしゅくしゅの靴下はお金のない数年前の
女子高生のようであったし、無駄に機能性の高そうなバスケットシューズは
十年前であっても狩られる心配はなかったと容易に推察出来るほどにMIKEだった。

238 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/09/18(火) 00:56:52 ID:???
そして極めつけは背中に背負ったリュックサックと腰に携えられたポシェットだった。
リュックからはなにかそれらしき円筒状に丸められたポスターが突き出していて、
ポシェットは外から見てもパンパンに膨れ上がっていた。

ふむ、見れば見るほどに個性的な奴だ。
気づくと僕は無意識のうちに、異臭が鼻腔を衝かない程度に距離を取りつつ
彼の周りをうろうろしながら、彼という希少な物体を矯めつ眇めつ鑑賞していた。

「おい、九州……あんまりじろじろ見るなよ。失礼だぞ……」

僕が男の後ろを行ったり来たりしているのを見て、
カップ麺を片手にノワが耳打ちしてきた。

「これで見るなという方が失礼だ」
「ちょっ……声が大きい……」
「気にするな。彼もきっと気にしていないぞ。見てみろこの……」
「やめろって」
「人目を気にしてこそこそするような奴は去れ。それが嫌なら彼を見習うべきだ」

だいたい、ひそひそ耳打ちしてくる時点でこいつも充分失礼だ。

「あの……」

さすがに自分のことを言われていると気づいたらしく、
男は控えめにそっと振り返った。

239 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/09/18(火) 01:00:03 ID:???
「いや、あの……その、すいません……いや、じゃなくて……えぇと、ははは……」

ノワは狼狽して必死に言い訳をしようとしていたが、こいつもなんだかんだいって
彼のことを相当アレだと思っていたらしく、なにも言えずにただ半笑いで
目を泳がせるだけだった。だからお前はダメなんだ。

「あの、もしかして……キュウシュウさんと、ノワさん、ですか……?」

男が不意に、僕達の名前を口にしたので僕とノワは顔を見合わせる。
すると男は手に持っていた雑誌を棚に戻して、おもむろにポシェットから
2枚の写真を取り出して、それと見比べながら僕とノワの顔をチラ見してきた。

写真には、僕とノワの顔が写っていた。

背筋が凍るとはこのことである。
恐ろしい。

もし今、一人だったら僕は悲鳴をあげていたかもしれない。
得体の知れない半腐れの妖怪みたいな男が何故か自分の写真を
持ち歩いているという恐怖は筆舌に尽くし難かった。

「うぁ、な〜……やっぱこれ……はぁ、やっぱなぁ。ほら……そうだよこれ」

男がいきなりぶつぶつ何か言い始める。
写真に写った僕の顔を○で囲むように男の指が写真の上でぐりぐり動く。
なんだか呪いをかけられているようで、首から上が自分のもので
なくなっていくような気がした。安室ちゃんのように魂を抜かれるのかもしれない。

240 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/09/18(火) 01:06:15 ID:???
「おい、どうして俺達の写真を持ってる!?」

僕が手を合わせて心の中で念仏を唱えていると、ノワが血相を変えて男に詰め寄った。

「あ、すいません……あの、ちょっとここじゃアレなんで……
 外でいいですか? すいません……」

男はレジの方をチラ見しながらペコペコと頭を下げる。

「すいません、外でいいですか……?」

もう一度同じことを言って、男は内股で店の外へと歩いて行った。
ノワが無言で男に続いたので、僕はリンゴジュースを諦めて仕方なく後を追った。

何も買ってないのに茶髪の店員はあざぁしたぁとやる気なく呟いていた。


「答えろ。その写真はどうした」

店の外に出ると、ノワはさっそく男を問い詰める。
ノワはまず写真を奪い取ってくれたので、僕はひとまず安心していた。
男はノワの一語一語にいちいち体をビクつかせながら、いつの間にか取り出していた
汚いハンカチで顔の汗を拭い始めた。

「もうね、はぁ……まいったなぁ。だってもう、今日はアレだと思ったんで」

卑屈な笑みを浮かべて男はハンカチを裏返して顔の汗を拭い続ける。

「もう今日は無理って思ってたんです。正直、ちょっとめんどくさいっていうか、
 あまりやる気がなかったのは事実ですけど……いやそれはいいんです。
 いいんですけどね。特に期限も決められてなかったしっていうかですね……。
 はぁ、すいません」

241 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/09/18(火) 01:09:08 ID:???
今度はハンカチを二つに折って、男は更に顔の汗を拭い続ける。

「もう……ありますよね、たまに、こういうの。
 なんとかの法則って言うんですかね? 待ってる時は会えないのに、
 待ってない時に会っちゃうっていうか……ほんと、すいません、すいません」

二つに折ったハンカチを更に二つに折って、男は手のひらに収まるほど小さくなった
ハンカチをシャツの胸ポケットにしまい込んだ。

「なにをわけのわからないことを言ってる。
 俺が聞いてるのはその写真はどうしたのか、ということと、
 なぜ俺達の名前を知っているのか、ということだ。簡潔に答えろ」

ノワは目の前の挙動不審な男に対して敵意を剥き出しにして詰め寄る。
男はノワとは決して目を合わせないように顔を右に向けたり下に向けたり左に向けたり
たまに僕のほうをチラ見したりして、僕はすごく不愉快だった。

「はい、すいません」
「すいませんじゃわからん。なんだ? お前は探偵か何かなのか?」
「はは、違います。あっすいません」
「いちいち謝るな。いいから答えろ」
「はい、すいません。あのですね、僕はですね、ある人に頼まれて
 あなたたちを探してたんです。ほんとは居場所つきとめたら教えるか
 連れてくかするって言われたんですけど……僕はちょっとそういうのは……
 一人でやりたいっていうか……すいません」

男は早口に話し始めたかと思うと、またもやポシェットのファスナーを開けて、
ごそごそと何か探し始めた。

242 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/09/18(火) 01:13:30 ID:???
「ある人……だと? どういうことだ? お前は一体……」

ノワの表情が険しくなる。
が、男はポシェットを漁るのに夢中でノワの問いかけには答えなかった。

「すいません。あっすいません謝って。あっすいません……」

男はでへへと舌を出して笑う。

「あの、名刺とかはないんですけど……すいません、今更なんですけど改めて……
 自己紹介っていうか……一応……すいません」

なにか探し当てたらしく、ポシェットを漁る男の手が止まった。

「はじめまして。キリサキマサキと言います。
 すいませんけど、ちょっと殺させてもらっていいですか?」

すいませんと頭を下げながら、キリサキマサキと名乗った男はポシェットから
サバイバルナイフを取り出すと、目にも留まらぬスピードでノワに斬りかかった。






243 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/09/18(火) 23:04:21 ID:???
   5.修羅の刻



僕は常々、日本人は意味もなく謝りすぎだと思っていた。
人にものを頼む時に「すいません」と言うのはどう考えてもおかしい。


「すいません」

キリサキマサキと名乗った男がペコペコ頭を下げながら、
サバイバルナイフを手のひらの上でひゅるるとまわす。

「くっ……」

出血した右肩を押さえながらノワが一歩、下がる。

そして僕はというと、コンビニの駐車場にへなりと座り込んでいた。
ノワに突き飛ばされたのだ。

「お前がキリサキマサキ……だと?」

肩から手を離し、ノワが言った。

「はい、すいません」

キリサキマサキが頭を下げる。

244 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/09/18(火) 23:11:12 ID:???
キリサキマサキ。
その名前は聞いた事がある。

10年以上に亘ってこの晴刷市を恐怖のずんどこに陥れている連続殺人犯の名前だ。
そんな奴がなぜ僕達を殺そうとするのか。

「キリサキマサキは一年に一回、一人しか殺さない……しかも女だけを狙うんじゃ
 なかったのか?」

ノワは腰を深く落とし、ファイティングポーズをとった。
頑張れノワ! ふぁいと! 

「あ、はい。そうです。よく知ってますね。
 まぁアレは趣味みたいなものでして……今日のコレは、その、バイトっていうか」

てへっとはにかんだように笑うキリサキマサキの手の中で、サバイバルナイフが
生命を得たようにりゅんりゅんと軽やかに踊る。

「正直、人殺しで生計立ててる自分が嫌になります。
 やっぱり殺人は趣味でやらないと……でも、いい仕事見つからないんですよね……
 はぁ、なんかもう……嫌になります、ほんと……あっすいません愚痴って」

ザンッ! とキリサキマサキはノーモーションで距離を詰める。
ひゅ、らっ……とナイフが美しい曲線を描いてノワの喉元を狙って
振られたところまでは視認出来たが、次の瞬間にはもう何が起きているのか
目で追いきれなくなっていた。

245 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/09/18(火) 23:16:27 ID:???
68倍速で残像に残像を重ねながら超高速でノワとキリサキマサキの
二人の体が目まぐるしく揺れ、ブレる。

人の領域を超えた戦いは静かに、最小限に、僕の目の前の半径2メートルの
円の中で繰り広げられた。

ミンッ、ツァ、ファッ──ゆんっ。

およそ日常生活では耳にすることのない音が真夜中のコンビニの駐車場に響いた。

「誰    雇わ
   に     れ 
            た」
「すい     せ
      ま   ん言えませ
                ん」
「鈍   華
   堕    か?」
「す
   い          えま
     ま     言     せ
       せん           ん」


こいつら……戦いながら会話してやがる!
なんて奴らだ。

二匹の修羅だ。

僕はゴクリと生唾を飲み込む。

246 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/09/18(火) 23:26:15 ID:???
たふ……ふぁおぅっ、と一陣の風が吹いたかと思うと、二人の動きが止まった。

ノワの肩の傷以外、二人ともダメージを受けた様子はなかった。
両者の実力は伯仲しているようだ。

「あなた、すごいですね……こんな人初めてですよ……これは骨が折れそうだ」
「ふん、伊達にこの世界で生きていないさ」
「なるほど、思い出しましたよ。金髪、顔の傷……あなたが名にしおう“白夜のノワ”
 ……琵琶湖6800人殺しの伝説はどうやらハッタリではなさそうですね」
「古い話だ……」

琵琶湖6800人殺しとは……3年前の話だがどうでもいい。

「しかし、たかが連続殺人犯がまさかこれほどの手練だとは思わなかった」
「ふふ……あなたにそう言ってもらえれば光栄ですよ」

二人がお互いを認め合うように意味不明の笑みを交錯させる。

その時、遠くからサイレンの音が近づいて来た。
誰かに通報されたか、ここに来る前の騒ぎのせいか。

「邪魔が入りそうですね。今夜はこの辺にしておきましょう」

そう言ってキリサキマサキはサバイバルナイフをポシェットにしまい込み、
ひゅっと飛び上がってコンビニが入っているビルの壁を軽やかに駆け上っていった。

247 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/09/18(火) 23:28:40 ID:???
「では、またいずれ……」

天駆けるふくよかな煌き。
肉を揺らせながら、星空をバックに夜空を舞うキリサキマサキの姿は
どこか寂しげに見えた。

「そうそう、それとあなた、キュウシュウさん……あなたはとても素敵な女性ですね。
 一目惚れしてしまいましたよ……仕事抜きであなたを殺したいかも……」

悪夢のような一言を残して、キリサキマサキは闇に溶けていった。

やめてほしい。
どっちも。






248 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/09/19(水) 23:20:17 ID:???
   6.なんだか俺の時間が止まっていたような気がするが、きっと気のせい。



結局、ミサどころかポンコも教室には戻ってこなかった。
俺はなんだかゴム手袋をはめた手でおケツをさわさわされているような、
ニキビの芯で出来たレアチーズケーキを食べたあとの息を耳元に
吹きかけられているような、嫌な気持ちのまま午後の授業を受けた。
ていうか寝てた。


さて放課後。
俺は今日もつるっと掃除をサボッてバイトに行こうと思ったのだが、
寝起きで体の動きが鈍っていたせいか、がっちりサチコさんに捕まってしまった。

「ジェ・ノ・く・ん……どこに行くのかしら?」
「う、いやぁ……実はウチで飼ってる皇帝ペンギンが熱出して……」
「くだらない嘘つかないで」

ぺけ、と頭をチョップされる。
仕方ないので俺は箒を持って適当に教室をウロウロして掃除の時間が終わるのを
待つことにした。


「ジェノ君」

俺が箒をバットに見立ててイチローのモノマネをしようとした時、
背後からサチコさんの声がかかった。
俺は慌てて床を掃くフリをする。

249 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/09/19(水) 23:24:50 ID:???
「ジェノ君ってば」
「は、はい。なに? してるよ、掃除」
「じゃなくって」

とサチコさんは俺のシャツをついと引っ張って教室の隅っこへと誘う。
まさか愛のこくはくではー! と一瞬思ったがそんなことはない。

「アルバイトしてるって本当なの」

明らかに周囲を気にした様子で、サチコさんは囁くように言った。

「な、なんのことかな」
「とぼけないで」
「……誰に聞いたの」
「あのね、校則で……っていうより、法律的にダメってわかってるわよね?」
「いやバイトじゃないよ。お手伝いだよ」
「ほら、やっぱり」
「く……ハメやがったな」

澄ました顔してたいした策士だぜ!
とかいってる場合ではない。
俺はどうにかして誤魔化さねばと脳みそをフル回転させたが、なんも言い訳が
出てこなかった。

「……ごめん。してます」

こうなったら泣き落とししかないと判断した俺はずぶ濡れの子犬を思わせる
キュートな表情を作ってみた。

250 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/09/19(水) 23:29:44 ID:???
俺の演技にハートを撃ち抜かれたのかどうか定かではないが、
サチコさんは、はぁーと長いため息を漏らした。

「……どれぐらいかかりそうなの?」
「え?」
「だから、期間……というか、目標の金額があるんでしょう?」
「あ、あぁ……どうだろう……頑張れば来月ぐらい、かな」
「そう……」

サチコさんはもう一度長いため息をつく。

「いいわ。わかった。今から一ヶ月の間だけは黙認してあげる」
「ぬぇ!? マジで!?」
「ちょっと、声が大きいわよ……!」
「いや、あの……えぇ? いいの?」
「よくはないけど……でも、どうしても欲しいんでしょう?」

そう言ってまたまたため息をつくサチコさんの表情はどこか曇りがちであった。

ところで、サチコさんは俺の欲しいものが何か知っているのだろうか。
と訊こうとしたのだが、その時チャイムが鳴った。掃除終了だ。

サチコさんは一ヶ月だけよ、と念を押して俺から箒を奪い取った。

俺の箒を掃除用具要れにしまいこむサチコさんを見て、
女心と秋の空……とか俺は心の中で呟いていた。

わかんね。





251 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/09/19(水) 23:59:33 ID:???
   7.嬉し恥ずかし下校時間



掃除が終わってから俺は隣のクラスに行ってみた。
サトチーに声をかけて一緒に来々々々軒に行こうと思ったのだ。

しかしサトチーは既に帰ったあとだった。
先に来々々々軒に行ったんかな?
いやないな。ないない。

仕方ないので俺は昨日と同じく一人で行くことにした。
ていうかこれからずっとこうなんじゃないだろうか。



──下駄箱で。

「おージェノ、これから皿洗い?」

と後ろから声をかけてきたのはジニだった。

「またお前か! そんなに俺が帰るのを見送りたいのか」
「いや俺ももう出るとこだよ。途中まで一緒に行こうか」
「お前んち駅の方じゃないだろ」
「塾、塾」
「あぁそう……」
「お前と一緒に下校すんの久しぶりだなー」
「一緒に下校とか言うな。なんか嬉し恥ずかしい響きがするじゃねーかきめぇな」
「意味がわからん」
「ほら、あるだろ。ちょっと酸っぱいカンジの……レトロな。昭和的な」
「いやもっと意味がわからん」

252 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/09/20(木) 00:03:34 ID:???
とか嬉し恥ずかしいやりとりをしながら靴を履き替えていると、
突然ふわっ……と空気が変わった。

というのは俺の主観で別にこの空間の科学的ななんたらかんたらが
変化したわけではない。転校生が現れたのだ。現れたってのもなんか仰々しいが。

俺はやぁ、とかよう、とか声をかけるべきかかけていいのか迷ってしまう。

昼休み、微妙に喋ったから大丈夫かな?
まぁ同じクラスだし?
ってなにをビビッてるのかな俺は?

などとあうあうしていると、向こうからニコッと笑いかけられた。
俺は慌てて手を軽くあげて「や、やう」とか言ってしまう。

「あ、えっと……座玖屋さん? でいいんだっけ」

あうあうしている俺とは対照的に、ジニが転校生にスマートなかんじで話しかける。

「はい。よろしくお願いします」とジニ向かって転校生。
「D組のジニです。よろしくね」とジニ。「あ、生徒会長の……」と転校生。
「あぁ、もう“元”だけどね」とジニ。「よく知ってるね。転校して来た
 ばっかりなのに」と続けてちょっと驚くジニ。「サチコさんから聞きました。
 三井銅鑼中学史上最高の生徒会長だって」とクスクス笑いながら転校生。
「大袈裟だなぁ」と照れながらジニ。そうそうサチコさんは生徒会の副会長でした。
なのでジニとは結構仲が良くて、ステキカップルだなんて周りからしょっちゅう
言われたりしてて、俺はその度に嫉妬して、ダメだってあいつあぁ見えてまだチン毛も
生えてないしベッドの下にかなりヤバいエロ本詰め込みすぎてベッドが盛り上がってて
その膨らみに腰をあてて寝てるから背骨が真っ直ぐ伸びて姿勢がよく見えるんだぜ
とか適当なことを言っていたのだった。もちろん嘘だ。マジごめん。

俺の心の謝罪などつゆ知らず、ジニと転校生は並んで歩き出す。

253 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/09/20(木) 00:08:47 ID:???
って俺の存在を忘れるなお前ら!

俺は急いで二人を追いかける。

「どう? ウチの学校は」
「まだわからないこともあるけど、みんな優しくしてくれるので嬉しいです」
「そう、よかった。……あ、座玖屋さん家こっちなの?」
「はい」

そしてなんか知らん間に三人で一緒に学校を出て歩き出す俺達。
これはかなり嬉し恥ずかしいのではないだろうか。
そんなことないか。ジニいるし。いてもいいけど。いやいないと困るか。困るな。

それからしばらくの間、俺はジニと転校生の会話を黙って聞いていたのだが、
こいつらときたらしまいには志望校がどうのこうの言い出しやがるもんだから
俺はとうとう会話に加わるのを諦めて二人からちょっと離れて歩いた。

秋っていいよね。
センチメンタルな気分が似合うからさ、とかしみじみ思いながら俺は胸いっぱいに
秋の空気を吸う。

ぜんぜん美味くねぇよ。

はぁーっと秋の空気を二酸化炭素に換えて吐き出しながら、俺は後ろを振り返る。
もし誰か(主にウチの学校の生徒。特に俺のクラスの奴)が、ジニと転校生に
未練がましくひっついて歩いている俺を見たら、きっとこう思うだろう。
あれジェノ君お邪魔虫みたいだねと。

それだけは避けたいので後方確認してみたが、幸いなことにウチの生徒は
誰もいなかった。いたのはエンジンのかかったバイクにまたがってこっちを
見ている怪しげなオッサン一人。

254 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/09/20(木) 00:09:50 ID:???
なんじゃあのオッサンは! と思いながら俺は反射的に前に向き直る。
頭ボッサボサで恐ろしく目つきの悪いオッサンだった。

この手のオッサンにろくなオッサンはいない。
これは昨日一日で得た俺の経験からくる直感である。
呪いのオッサン然り、占いのオッサン然り。

俺はオッサンが怖い。

まぁ基本的にこちらから接触しなければこの手のオッサンが
俺の日常に干渉してくることはないだろうと判断して、俺は後ろの方にいる
このオッサンをなかったことにした。

しかし俺の考えは甘かった。
このオッサンは後ほどきっちり俺の日常に干渉してくるのだ。
嫌ってほどに。






255 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/09/20(木) 23:18:40 ID:???
   8.ぁうっ!?



駅前の歩道橋の辺りでジニとバイバイした。
ジニが通っている塾の場所は知らんが、こっちじゃないらしい。

そして俺は転校生と二人きりなわけで。


「歩道橋を渡るのですか?」

歩道橋に上がろうとした俺を見て、転校生が目をぱちくりさせて言った。
言いたいことはわかる。歩道橋を使うより信号を待った方が早いからだ。

『俺は生き急いでるから』とか言うのも恥ずかしかったので、
俺はうへへとかいやまぁとか誤魔化して転校生とバイバイしようと思った。
しかし転校生は俺のぎこちないであろう笑い方に顔をしかめることもなく、
俺の後に続いて歩道橋の階段を上がり始めた。

「あ、あのー家どこなの? 駅の方って学区違うはずだけど」

俺は間を持たせる為にとりあえずで話をふってみる。

「家はこっちじゃないんですけど、ちょっと用事があって」

あぁそうなんだーと俺が返事して会話終了。
さてどうしよう。

256 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/09/20(木) 23:23:40 ID:???
俺って女子と会話するスキルが低いんだなと痛感した。
ミサとはよく喋るけど、アレは女だけど女子じゃないし。

「ジェノ君も駅の方で何か用事があるのですか?」

といきなり名前を呼ばれて俺は焦ってしまう。
人間、焦るとろくなことを口にしない。

「いやぁ、用事っていってもバイトだよバイト……ぁうっ!?」

言い終わる前に後悔したが、後悔先に立たずである。そのまんまだ。
しまった。

という気持ちがきっと顔に出たのだろう。
転校生は俺の顔を見て、おかしそうに笑い出した。

「サチコさんに知られたら怒られちゃいそうですね」

なんて言いながら転校生はクスクス笑う。

「いやー実はもうバレてさ」
「そうなのですか? それなのにアルバイトに行って大丈夫なのですか?」
「んん……まぁ、よくはないんだけど……」
「あの、私、誰にも言いませんから」
「え? あ、あぁ……うん、あり、ありがとう?」

ありがとうってのもなんか変か?
とか考えてる間に俺達は歩道橋を渡りきってしまう。
そのまま真っ直ぐ駅に向かって歩き、俺は十字路で足を止める。

257 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/09/20(木) 23:30:35 ID:???
「ここなんだ。俺がバイトしてるとこ」

俺は来々々々軒を指差して言った。
秘密にしてもらうのだからなんとなく教えておこうとか思ったのだ。
転校生は知りたくないかもしれないけど。

「らいらいらいらいけん……中華料理屋さんですか?」
「うん、呪われてるからそのうち潰れると思うんだけど」
「えぇ?」
「いやほんとに。絶対食べに来ちゃダメだよ。マジで」

それとこれは『らいよんけん』と読ませるんだぜ、と俺は無益な情報を提供しておいた。

「頑張ってくださいね」
「うん、あの、ざ、座玖屋さんもね?」
「はい、ありがとうございます」

と転校生は微笑みながらそのまま駅の方に向かって歩いて行った。

うーむ、なんか……いい子じゃね?
長い髪をさらりさらりと揺らせて遠ざかっていく転校生の後ろ姿を見ながら俺は、
たまには掃除もいいもんだなとしみじみ思っていた。

「おいジェノ!」

突然、俺のほわわんとした気持ちをかき消す無遠慮な声が背後から投げかけられる。
振り返ると、ERINGIの前にサトチーとポンコが立っていた。

258 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/09/20(木) 23:38:46 ID:???
「お前らいたのか」と俺。
「おう。てかお前待ってた」とサトチー。
「待ってた?」
「だってお前、掃除してんだもん。俺一人で皿洗いなんてしたくねーよ」

わははとサトチーが笑うので俺はちょっとイラッとしてしまう。
俺は昨日一人だったんですけど!?

「まぁいいけど……」
「なにが?」
「いや……それよりお前らなにしてたん?」
「ん? ちょっとERINGIで店長と喋ってただけだよ」

そっけなく言ってサトチーは俺から目を逸らしてしまう。
怪しいんじゃお前ら。なんかよう。俺が気にしすぎてるせいなだけか?

「んじゃ行きますか。皿洗いまくりますか」

サトチーは楽しそうに肩をぐりんぐりん動かして軽快な足取りで来々々軒に
向かって歩き出した。意外とやる気まんまんだ。

「じゃあのポンコ。また後でメールするわ」

サトチーがポンコに向かって軽く手を上げると、ポンコは「おう」と手を上げ返して
そのままERINGIの前につっ立っていた。

俺はひじょーに気まずかった。
昼休みのことがあって、なんとなく声をかけづらい。
向こうもそう思ってるのか、ポンコは俺と目を合わせようともしなかった。

259 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/09/20(木) 23:45:04 ID:???
   9.寄ってく?



そして俺は今日も皿を洗って洗って洗いまくったが、
昨日とは違ってサトチーも一緒だったのでそんなにしんどくはなかった。
そして昨日と同じぐらいの時間にお疲れでぃーすと俺とサトチーは店を出る。

「ぬぁー疲れた! マジ皿うぜぇ」

サトチーは伸びをしながら体をぷるぷる震わせる。

「どうするジェノ? もうこのまま帰る?」
「んー? そうね、どうすっかね」

俺も軽く伸びをしながら、考える。
サトチーがどっか寄って行きたいってなら別にかまわないんだけど……。

俺はハナちゃんに会いに行きたかった。

といってもやっぱり会う約束はしていないし、会えるかどうかわからないんだけど。
今日もホテルの前まで行ってみようかなーとか思ったのだ。

って、かなりストーカーくさいぞ俺!

260 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/09/20(木) 23:49:28 ID:???
「どっか行くぅ?」と俺。
「おん、どっか」とサトチー。
「どこ行くぅ?」
「どこでもぉ」
「どうするぅ?」
「どうするぅ?」
「アイフル〜」
「古ぅ〜い」
「そういやあのチワワって死んだんか?」
「さぁ、知らん」

なんて先の見えない会話がしばらく続いた。
サトチーも別にどこか行きたい所があるというわけでもなさそうだった。

「つっても金ねぇしなー。どっか行くつってもな」
「だな。あったらこんなとこで皿洗わないッス」
「じゃあやっぱ帰るッス?」
「どっちでもいいッス」
「どうするッス」
「お前決めろッス」
「いやお前が決めろッス」
「いいからお前決めろよ〜」
「えぇー私わかんなぁい。サトチー君決めてぇ〜」
「俺はお前とだったらどこにでも行きたいさ」
「いやーんサトチー君のバカバカ〜ん」
「いてっ! こいつぅ〜」


会話がいよいよどうしようもない方向に向かい始めたその時だった。

261 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/09/20(木) 23:54:12 ID:???
「おい、こいつ! 見つけたぞ!」

俺達のキモいやりとりが醸し出したキモい空気を一瞬で消し飛ばしたのは
“いかにも”なオッサン達が乗った黒塗りのうさんくさい車だった。

俺達の目の前で止まったその車の助手席側に座っていた、
パンチパーマのオッサンが窓を開けてなにか喚いている。

なんじゃ!?
と俺は一瞬で体が硬直してしまう。

おうコラガキワレコラァちょっとツラ貸せやボケカスクラァとパンチパーマの
オッサンは意味不明の言語を発しながら車から降りてくる。

「な、な、なんだ!?」

オッサンの迫力に圧されてサトチーがずざざざっと後ずさる。

「なめくさりゃがってガキャんダラゴルァ!」
「っとったらかんぞるりぁ!」
「埋まるかぁ!? 埋まっとくかぁ!?」

パンチパーマのオッサンに続いて後部座席から続々とその筋のオッサンが
降りてくる。

なんかわからんけど激ヤバい!
サトチー、逃げんぞ!

……と振り返るとサトチーはもう走り出していた。
なんて友達思いな奴なんだろうと感心しながら俺も地面を蹴って後に続く。

262 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/09/20(木) 23:56:41 ID:???
「クルァー! ガキャ、待たんかゴルァ!」

うるさいんじゃ死んでも待つかボケがと俺は全力で両足を回転させる。

ていうかサトチーは超足が速かった。
あっという間に姿が見えなくなってしまう。

サトチーはどうやら十字路を駅の方に曲がって行ったようなので、
俺はそのまま十字路を直進することにした。

と、そこで俺はふと一昨日のことを思い出した。
こいつら、ハナちゃんの敵なんじゃないのか?
なにがなんだかわからんが、それしか思い当たることがない。

だとしたらこっちはヤバいか!?
もしこの先にハナちゃんがいたら……。






263 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/09/25(火) 11:33:21 ID:???
   10.しょうもない昼下がりのコーヒーブレイク(でも僕にとっては朝の)



豚餌臭い晴刷市での三日目は、昨日と同じくノワからの電話で始まった。

「寝すぎだぞ」

受話器からムカつくくらいシャキッとした声が聴こえる。
時計を見ると、午後二時を過ぎていた。

「昨日よりはマシだろう……」
「それでも寝すぎだ」
「うるさい黙れ……」
「はやくしないと待ち合わせに間に合わないぞ」
「わかってるよ……先に行っててくれ」
「わかった。じゃあ下で待ってるぞ」


勝手に待っとけ、と電話を切って僕はのそりとベッドから起き上がる……。



一時間後、僕は部屋を出てホテルの一階にある喫茶店に向かった。


「やっと来たか」

奥の席でコーヒーを啜っていたノワは、僕を見るなり首を左右に傾げて
待ちくたびれたぞーというアピールをしてきた。無視。

264 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/09/25(火) 11:39:31 ID:???
僕はノワの隣に座るべきか、向かい側に座るべきか迷う。

まぁいいか。

とりあえず僕はノワの向かい側に座った。
僕が椅子に腰を下ろすのを待ち構えていたらしい店員が水を持ってきて僕の目の前に置く。
僕はメニューを見ずにコーヒーを注文した。

「傷はどうだ」
「あぁ、たいしたことなかった」

ノワは左手で右肩をぽんぽんと叩いた。
どうやら昨夜キリサキマサキにやられた傷は浅かったようだ。

「しかし面倒なことになったな」
「君、そのセリフ好きだな。いつもそれ言ってるぞ」
「そうか?」
「言ってるよ。この三日間で20回は聞いたぞ」
「いや絶対そんなに言ってない」

などと、それから僕とノワはどうでもいい雑談を続けた。

僕がノワのモノマネを本人の前で披露してやると、ノワは「やめろよぉ」とか
言いながら何故か照れくさそうにはにかむので気色悪いなこいつと思ったり、
ノワが「そんなこというならお前だって」とか調子コイて僕のモノマネをし始めたので
不愉快な気持ちになったりしているうちに、どんどん話は変な方向に進んでいった。

「あ、そういえばイノセンスはどうした」

ふと思い出して僕は聞いてみた。

265 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/09/25(火) 11:43:38 ID:???
「イノセンス? イノセンスがどうした」
「ほら……座玖屋のことで調べるように指示しただろう」
「あぁ、そういえば……もう調べさせなくてもいいんだったな。忘れていた。
 吊に中止命令を出すよう連絡しておこう」
「……それはまぁどっちでもいいけど、しばらくの間いつでもこっちからの指示で
 動かせるようにしておけ。とりあえず他の仕事はさせないようにして
 この辺で待機するように、と」
「いいのか? もしもどこかで鉢合わせしたら……」
「どっちにしたってあいつはこの街に住んでるんだろ? あまり変わらんよ」
「お前がそう言うならかまわんが」

僕とノワがイノセンスと顔を合わせるのはまずいが、キリサキマサキというわけのわからん
不確定要素が出てきた以上、ある程度身の回りを固めておく必要がある。

「で、イノセンスって強いのか?」
「どうだろうな。組織の中ではかなり特殊な位置にいるみたいだが」
「君とイノセンスが闘ったらどっちが勝つ?」
「さぁ、やってみないとわからんが……なんでそんなことを聞くんだ」
「仮にも部下なんだからやはり実力ぐらいは把握しておかないと」

と言ったものの、本当はいざとなったらイノセンスには捨て石になってもらおうと
思っているだけだった。

「あぁそうだ。それと君、なんか変なのスカウトしたんじゃなかったっけ」
「変なの? ……あぁ、あの四人組か?」
「そうそう。あの色々とアレな奴ら。去年の、京都の」
「……もうあれから一年になるのか。早いな」

と、ノワが遠い目をする。

266 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/09/25(火) 11:47:32 ID:???
四人組とは……。
あれは去年のちょうど今頃だった……。

後に“三条惨状四条至上血戦”として語られる白夜のノワの武勇伝の一つで……。
僕がずっと探しているノートの原型となる巻物が、京都にあるという情報を……。
僕はその時風邪をひいていたのでノワ一人で遠征させて……。
その頃、京都では新京極遊戯団なる地下組織が暗躍していて……。
その時、巻物を巡ってノワが闘ったのがその四人組で……。

で、結局はガセネタでしたという結末で……。
色々あって、そいつらを引き抜いた、という……。

心の底からどうでもいい話である。


「もしかして四人を呼び寄せようと思ってるのか?
 あいつら今、ニュージーランドに行ってるから無理だぞ」
「何しに?」
「旅行」

あっそう。
ならいい。
そのまま帰ってくんな。






267 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/09/25(火) 23:25:10 ID:???
   11.鏡の中



「お、来たぞ」

カップを置いて、ノワが入り口の方に目をやったので僕もつられてそっちを見る。
きらたまが僕達に向かって頭を下げて、こちらに向かって静かに歩いてきた。

「こんにちは。お待たせして申し訳ありません」

僕達の目の前まで来て、きらたまはもう一度頭を下げる。
僕は席を立って、ノワの隣に座り直した。

「一人で来たのか」

僕がそう聞くと、きらたまは「はい」と頷いて僕が今まで座っていた席に腰を下ろした。
きらたまがミルクティーを注文して、それが運ばれてくるのを待って、僕は早速本題に
入ることにした。


「さて……早速だが」
「はい、なんでしょう」
「昨日、君のところの奴らに襲われたんだが──」
「えぇ!? ほ、本当ですか!?」
「嘘ついて何になる」


僕は昨夜、座玖屋邸を出てからのことを事細かに話してやった。

話し終えるまでの間、きらたまは表情を強張らせてずっと黙っていた。

268 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/09/25(火) 23:30:10 ID:???



「──と、まぁ、おかげで楽しい夜を過ごせたわけだが」

と、話の最後に、僕は皮肉を込めまくって言ってやった。
きらたまはぷるぷると体を震わせて、今にも泣き出しそうな顔で俯いていた。


「……申し訳ありません」

長い沈黙の後、やっとのことで口を開いたきらたまの声は消え入りそうなほどか細く、
掠れていた。

「謝られたってどうにもならない」
「はい」
「座玖屋ファミリーの三代目は、この件に関してどう始末をつけるつもりだ?」
「それは……」
「それは?」
「……少し、時間をいただけませんか」
「少しとはどれぐらいだ? 今日中か? 明日か? 
 その間に後何回僕達は襲われるんだ?」
「はい……」
「はいってなんだよ。やる気あるのかお前」
「はい……ごめんなさい……」
「だから謝って済む問題じゃないだろうが。なぁ、おい」
「ごめんなさい……ごめんなさい……」

とうとうきらたまは泣き出してしまった。
僕はその涙を見て頭が沸騰しそうになる。


269 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/09/25(火) 23:35:43 ID:???

泣けばいいと思ってるのか。
泣いてなにか解決するのか。
しない。
絶対にしない。
するわけがない。
してたまるか。

これだから女は嫌いなんだ。

「泣くな、おらっ」

僕はコップに入った水をきらたまにビシャッとひっかける。
ノワが「おい九州」とか言いながら僕からコップを取り上げる。もう水は入ってないのに。

「うぅっ……ぐすっ」

きらたまは相変わらず体をぷるぷる震わせながら、顔を両手で覆ってすすり泣く。
僕はコーヒーの入ったカップに手を伸ばしたが、僕の行動を先読みしたノワが
凄い速さでカップを自分の手元に引き寄せてしまう。「よせ」とか言って。

イライライライラ、イライライライラする。
どいつもこいつも。

「あのなぁ、お前……」

ノワが呆れた顔で僕を見ている。意味不明。なんだお前。

「うっ……うぐっ……うっ、ふぅ……ご、ごめんなさい……」

泣きじゃくるきらたま。意味不明。なんだこいつ。

270 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/09/25(火) 23:39:54 ID:???
「ちょっとあれなにやってるの……」

離れた席に座っている中年の女二人がこっちをチラチラ見る。意味不明。なんだあいつら。

イライライライラ、イライライライラ。
どいつも、こいつも。
本当に。


「泣くな! 呆れるな! 見るな!」

僕は思いっきりテーブルに拳を叩きつける。
ノワは眉を微かに動かせただけだったが、きらたまは「ひぃ」と悲鳴をあげて
椅子から転げ落ちそうになっていた。

「おい、それぐらいにしておけ」

ノワが周囲を気にした様子で小声で言う。
スカめ。


どうしてだ。
どうしてみんな、僕を非難する。
いつもいつも。
ずっと。

どうして誰も僕を理解しない。
いや、理解してほしいとは思わない。

別にいいけど。

だけど。

271 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/09/25(火) 23:44:19 ID:???
「くそっ……」

僕は深呼吸して、それから深呼吸して、もう一度深呼吸して、最後に深呼吸をして
気持ちを落ち着かせる。

ダメだ。
全然落ち着かない。
それどころかおろろんおろろんと泣き続けるきらたまを見ていると、
吐き気が込み上げてきて仕方ない。

僕は席を立つ。

一人になりたい。

ノワが何か言おうとして口を開きかけたが、僕は殺す気でメンチを切ってそれを制する。
今、僕に話しかけない方がいい。ヤケドじゃ済まないぜ。


怯えた目でチラ見してくる中年女二人や店員を無視して僕はトイレに入る。

無駄に広いトイレだった。無駄な空間の使い方だ。
無駄だな。無駄すぎる。無駄い。

無駄無駄ァ! 

それがどうした。 
どうもしない。どうもしなくていい。
無駄で結構じゃないか。ふっふふ。
好きにしろ。

意味もなく笑いがこみ上げてくる。
なにが面白いのだ。わけがわからんわ。

272 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/09/25(火) 23:46:15 ID:???
別に尿意も便意もないので、僕は個室には入らず、洗面台の前に立つ。
鏡に映った自分の顔を眺めていると、不思議と沸き立った心は落ち着いてきた。


気付くと、僕は鏡に向かって両手をゆっくりと伸ばしていた。
鏡の中の僕が、こちら側の僕に向かって全く同じ動作で両手を伸ばしてくる。

僕の右手中指が、鏡の中の僕の中人差し指に触れる。

続いて薬指、人差し指、小指、そして親指。
そして僕は鏡の中の僕と手のひらをぴったりと合わせる。

そのまま向こう側に吸い込まれそうな気がした。
そんなこと、起こり得るはずはないけれど。

鏡の中の僕の瞳に、僕が映っている。

なら僕の瞳の中には、鏡の中の僕が映っているのだろうか。
きっとそうなのだろう。物理的に考えて。

僕がまばたきをする時、鏡の中の僕はやっぱり同じように瞼を閉じているのだろうか。
きっとそうなのだろう。常識的に考えるまでもなく。

鏡の中の僕は、こちら側にいる僕を写しているだけに過ぎない。
つまり向こう側の僕は、やっぱり僕なのだ。どう考えても。

なのにどうしてこんなにも醜いのだ。
僕は美しいはずなのに。
鏡の中のお前は、どうしてそんな目で僕を見る。

273 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/09/25(火) 23:57:34 ID:???
僕とお前では何が違う。
何も違わない。
同じだ。

僕はお前で、お前は僕だ。
生まれた時からずっと。

頭ではわかっているのに、それでも、どうしても拭いきれない違和感がある。

その違和感の正体はこちら側の僕にあるのか。
それとも向こう側の僕にあるのか。

なにを考えてるのだ。
どちらも同じ僕なのに。
どちらかが間違っているのなら、それはどちらも間違っているのだ。
どちらかが正しいのなら、やはりどちらも正しいのだろう。

じゃあなにが間違っていて、なにが正しいのか。

そもそも、その判断は誰がするんだ?

そりゃ僕だろう。
他人に評価を求めても意味がないぞ。
意味はもっと要らないぞ。
要らないのなら考える意味もないぞ。

でもこの場合、理由はあるのか。

僕は僕を知りたい、という理由。

274 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/09/26(水) 00:02:20 ID:???
だったら突き詰めていくと、そこには意味が求められてくるぞ?
なんかおかしくないか?

ていうか意味と理由を混同してないか?
ぜんぜん違うぞ? 辞書引け、辞書。

意味。
意味ってなんだ?

“意味”の意味ってなんだ?

わけわからんぞ、僕。
大丈夫か?

大丈夫。
僕は元気。

オッケー。
それだけわかっていればなんとでもなるだろう。

……なぁ!

僕は鏡の中の僕に笑いかけてみる。
すると鏡の中の僕が口元をぎこちなく歪めた。

なにその顔? ふざけてるの?

笑えよ。
ちゃんと。


……おい。

275 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/09/26(水) 00:07:02 ID:???





                  取捨選択の果てに──。


数え切れない選択と、


                  漸く出した結論は何だったかな。


積み重ねた結果が、


                  ──あの暁闇は、


“九州”という僕を形作った。


                  あの紅蓮の炎は、


それはもはや否定出来ない事実で、


                  あの鉄の味は、

276 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/09/26(水) 00:11:23 ID:???


受け入れるしかない。


                  今もはっきりと覚えているだろう。









          鏡の中に9歳の僕がいた。

          あの夜、燃え盛る炎の中で、
          僕は初めて人を殺して
          同時に自分も殺された。

          口いっぱいに広がった血の臭いと、
          歯に絡みついてくる肉の硬さ。
          目の前に横たわった死体が今にも
          起き上がってきそうな気がして、
          震えながらただ夜が明けるのを待った。







277 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/09/26(水) 00:14:04 ID:???
鏡の中で、幼い僕が笑っていた。  
僕は彼女の瞳の奥を覗き込んでみる。

なにも無かった。
そこには僕の姿は映っていなかった。

彼女の淀んだ瞳に映っていたのは、
寂しそうに、何かを求めて両手を伸べている成長した彼女の姿だった。

そうだった。
僕はあの夜、決めたんだ。

僕は自分を顧みない。
僕は自分を否定しない。
僕は自分を哀れまない。
僕は自分を肯定しない。


欲しければ奪え。
手段は問うな。

殺したければ殺せ。
言い訳するな。

意味も理由も求めるな。
同情も理解も求めるな。

常軌はあの夜、灰と化した。


あれからずっと、
鏡の中はいつだって烏有だ。

278 :おいら名無しさんヽ(´ー`)ノ:2007/10/15(月) 01:22:46 ID:???
保守

279 :おいら名無しさんヽ(´ー`)ノ:2007/10/15(月) 01:29:03 ID:YSo1JtAo
http://2chplus.2ch.net/test/read.cgi/supportdesk/1192374058/l50

280 :かに玉 ◆KANi/6qufk :2007/10/20(土) 00:35:51 ID:???


281 :アルケミ ◆go1scGQcTU :2007/10/24(水) 21:06:29 ID:???
次は、何が、、、、、

282 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/11/03(土) 18:25:11 ID:???
   12.どげな私の心模様



僕がトイレから戻ると、きらたまは既に泣き止んでいた。
それどころか何故かさっきまで僕が座っていたノワの隣の席に移動していたので、
僕はどこに腰を下ろすべきか迷ってしまう。

ノワもきらたまも何も言わないので、僕はトイレに入る前にきらたまが
座っていた席に腰を下ろした。きらたまと席を交換した形になる。

「九州さん、さっきはすいませんでした」

僕が腰を落ち着かせると、きらたまはぺこりんと頭を下げて言った。
隣でノワが目を伏せてうんうんと頷いている。

「なんだ」

僕はなんだかウニの詰まったシュークリームの中に叩き込まれたような
錯覚に陥った。とても微妙な気分だ。なんなんだこいつら。

「なぁ九州。お前が席を外している間に二人で色々と話したんだがな」

腫れ物を触るように、ノワがおそるおそる口を開いた。

283 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/11/03(土) 18:30:13 ID:???
「お前が怒るのも無理はない。俺も昨夜のことは頭にきてたからな、うん」
「あぁ……」
「しかしな、だからといってこの子に全ての責任を問うのはいかがなものだろうか」
「はぁ……」
「いくら座玖屋ファミリーの三代目、といってもまだ襲名したばかりだ」
「なにが言いたいんだ」
「いや、だからな……やはり後見人として、もう少し様子を見てやるべきではないかと」

後見人……?
誰が?

「ほら、俺達昨日、見届けたじゃないか」

なにを?

「座玖屋がこの子に跡目を譲る瞬間を」

……そうだっけ。
で?

「簡単に言うと華鼬・座玖屋ファミリー、お互い協力していこうじゃないか、という……」

……あぁそう。

「どうだろう」

どうだろう、と言われてもな。
好きにすればいいじゃないか。

284 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/11/03(土) 18:35:49 ID:???


「え?」
「いいよ。それで」
「いいって……いいのか?」
「君は……いや、君達はその方がいいんだろう」
「あ、あぁ」


どうやら僕を説得するのに時間がかかると踏んでいたのだろう。
ノワは拍子抜けしたように目を丸くしていた。

「じゃあ……とりあえず昨夜の件に関しては……」
「もういいよ」
「そ、そうか……」

ふへへ、とノワが愛想笑いともとれない微妙な笑顔を浮かべて僕の顔色を伺う。

僕はもう全然怒っていなかった。
それどころか自分でも驚くほど気持ちが晴々としているのだ。
そんな瑣末なことで腹を立てていても仕方がない、と心から思う。

ノワは油揚げにみせかけたホッカイロを無理やり食べさせられたような顔をして、
僕ときらたまの間に視線を彷徨わせていた。

「ということでひとまず、休戦……というのもおかしいな……」

鼻をひくひくさせながら、聞き取れるかどうかギリギリの小さな声でノワが呟く。

285 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/11/03(土) 18:40:52 ID:???
「なんだ」
「まぁその、なんというか、さっきの一件も水に流して、というか」
「はぁ」
「ひらたくいうと、仲直り……? ふふ」

なにがおかしいのか、ノワは口元をだらしなく緩めて笑った。
視線は相変わらず僕をきらたまの間をふよふよと泳いでいる。

まったく。

アホめ。


「その表現は適切じゃないと思うけど……まぁ、そうだな」

と、僕は頷く。
直さなければならないほど仲が良かったわけではないが、この場はこちらから
折れておこうと思えたのだ。自然に。不思議なことに。

きらたまは唇をきゅっと引き結んでいたが、僕を見るその目には安堵の色が浮かんでいた。

自分でも理解したがいことだったが、この時僕は何故だか気分が昂揚していた。
テンションあげあげになっていたのである。
さっきまでの切れたナイフのような僕はもう僕の中には毛ほども存在していなかった。

「それでな、鈍堕華のことなんだが……はやいとこケリをつけようと思うんだ」
「なんだ、果たし状でも出す気か」

また武勇伝を増やすつもりか、と思ったがそうではなかった。

286 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/11/03(土) 18:47:31 ID:???
詳しく聞くと、きらたまから鈍堕華にコンタクトをとってもらって
明日にでも座玖屋邸で話し合おう、ということらしい。

話し合い話し合いって、お前らしゃべり場かよと思ったが、
まぁそれならそれでいい、とも思った。

僕はその案に快くとまではいかないものの、まぁいっか的などこか投げやりな、
それでいて何故かうっすらアンニュイブルーな気持ちで同意した。



それからしばらく僕達三人は他愛もない話で茶を濁した。

ノワは何を狙ったのか知らないが、先日どこそこの池でなんたらとかいう魚を釣っただとか
バイクの車検が近いのでいっそのこと買い換えようかなだとか返答に困る話ばかりを
していた。

きらたまは学校であったことを楽しそうに話した。
途中でポチの名前が出てきたりして、僕はあぁこいつら同じ学校なのかと気付いたが
ポチのことはきらたまには言わなかった。

僕はかねてから不思議に思っていたRPGに於いて敵モンスターが戦闘終了後に
落としていく金銭の発生理由についての疑問を投げかけてみたが、
二人の反応は驚くほど鈍く冷ややかなものだった。



そんなこんなであっという間に時は流れ、時刻は午後6時を迎えた。

287 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/11/03(土) 18:56:59 ID:???


微妙で生温い空気に包まれながら店を出ると、
誰が誘導したわけでもないのに僕達の足は自然とホテルの外に向かった。

「ところで、迎えは?」

僕は長い髪の毛をしゃらしゃら揺らしながら歩くきらたまに聞いてみた。

「もう来てるのか?」
「いえ、自分で帰ります」
「えぇ? かなり距離があるだろう」
「バスに乗って帰ろうと」
「バス? 座玖屋ファミリーの三代目なのに」
「今日は三浦にも……あ、誰にもお二人とここで会うことを言ってませんので」
「三浦?」

僕は三浦とは誰だろうと考える。
すると僕ときらたまの前を歩いていたノワが驚いた様子で振り返った。

「三浦、だと?」
「はい……なにか?」
「それはあの……眼鏡の?」
「はい、そうです」

眼鏡の、と聞いて僕が思い浮かべたのはオッシャルトの顔だった。

「そうか……只者じゃないとは思っていたが……あいつが……」

ノワは一人で納得したように何度も頷いて前に向き直った。
なんだか嫌な予感がしたので僕はこれ以上オッシャルトの素性について
つっこむ気はなかったのだが、ノワは「まさかあの男が三浦だとはな」とボソッと言った。

288 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/11/03(土) 19:07:26 ID:???
「三浦のことを知っているのですか?」

きらたまがノワの背中に問いかけると、ノワは待ってましたとばかりに
再び振り返って鋭い視線を僕達に向けた。

「あぁ、といっても顔を合わせたのは一昨日が初めてだが……この世界じゃ
 知らない奴はいないだろう」

ノワは何故か得意げにふふんと鼻を鳴らす。

「あれはまだ俺達が華鼬を作ってすぐの頃だ」と僕に向かってノワは言って、
また前に向き直る。背中で語りたい年頃なのだろうか。

「作ってすぐって……どっちだ?」
「俺が16の時だから……ちょうど今から6年前になるのか?」
「あぁ、そっちか」

これは僕とノワ以外にはわけがわからないやりとりだと思うが、
面倒なのできらたまには説明しなかった。しなくても大丈夫だし、する意味もない。

「あの事件で妄想族との抗争が膠着状態に陥り、俺は単身北海道に渡った」
「あぁ、あったな。そんなこと」

289 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/11/03(土) 19:12:34 ID:???


──あの頃、妄想族との熾烈な覇権争いは激化の一途を辿っていた。
行き着く先すら見失った血で血を洗う泥沼の報復スパイラルは、
不可解な殺人事件がきっかけで警察の介入を許すことになりある日停戦を余儀なくされた。
警察のマークが解けた頃、最後の決戦の時が訪れるであろうことを予期した
ノワは、修行の為に北海道へと渡った。

その間、僕は殺人事件の容疑者として連日警察の取調べを受けていた。
そしてそれは妄想族達も同じだった。

しかし仲間を殺された吐息の戦士達は警察の介入に臆することはなかった。
それどころかその状況を逆手に取りまさかの地上戦を仕掛けてきたのだ。

ある者は警察に身柄を拘束され、ある者自ら命を絶った。
全ては報復の為だった。


──省略して。


北海道から戻ってきたノワは別人だった。
僕がスケープゴートとなり警察の目をひきつけている間に、
ノワはたった一人で妄想族を壊滅させてしまったのだ。

白夜のノワ誕生のエピソードである。

290 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/11/03(土) 19:16:52 ID:???
殺人事件の真犯人はまさかの意外な人物で、
最終的には僕がちょちょいと事件の真相を解き明かして、真犯人は僕の手できっちり殺してやった。

そして華鼬の前身である、僕が部長を務めていたポエム同好会“はないたち”は
事件解決後に廃部となり、それから数年後に僕はノワと二人で再び組織を
立ち上げることになるのだった。

うん、実にどうでもいい話だな。


……で? どこにオッシャルトが出てくるのだ。


「三浦は俺が修行していたどさんこファイトクラブの第一期生だったらしい」
「ふぅん」
「俺が途中参加で七期メンバーと合流して修行を始めた頃にはもうとっくに卒業してたけどな」
「どっかの番組のパクリみたいだな」
「師匠のシタッケハラ曰く“どさんこファイトクラブ卒業生歴代最強”だそうだ。
 まぁ俺は第七期の収……じゃなくて修行が終わるまでいなかったから卒業はしてないんだが」
「あっそう」
「本格的に組織を立ち上げて、この世界で生きるようになってから
 三浦の名は嫌というほど耳にしたよ。奴こそ生きる伝説、だな」
「君がそこまで言うならまぁたいした奴なのだろうな」
「しかしまさか座玖屋ファミリーに身を寄せていたとはな──」

と、ノワがそこまで言ったところでホテルの玄関に着いた。

きらたまは話の間ずっとにこにこしていて、聞いてないのか、既に知っているから
聞き流していたのか、はたまた単に興味がなかっただけなのか判断がつかなかった。

291 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/11/03(土) 19:21:25 ID:???


ホテルの外に出る頃には僕はもうオッシャルトの武勇伝には興味が失せていた。
それに今更『三浦』とか本名聞かされても困る。
あいつは僕の中ではもう完膚なきまでにオッシャルトなのだから。



「……よかったら、送っていこうか?」

ホテルの前で、しばしの沈黙の後にノワが言った。

「バスよりは速いぞ」

どうやらバイクできらたまを送り届けてやろうということらしい。
突然の申し出にきらたまは少し戸惑った様子だった。

「今はあまり一人で行動しない方がいいんじゃないのか?」
「でも……」
「遠慮するな。後ろに乗るのが怖いと言うなら仕方ないが」


とかなんとかごちゃごちゃ言い合った末、結局きらたまはノワが送っていくことになり、
僕はこのまま見送ることにした。

「単車に乗るのは初めてか?」
「は、はい。……あの、どこに足を乗せたらいいのですか?」
「あぁ、そこのステップに……」

ノワにかぶらせてもらったヘルメットが重いのか、きらたまは首をふらふらさせながら
バイクの後部座席に座った。

292 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/11/03(土) 19:26:00 ID:???
きらたまは本当にバイクに乗るのは初めてらしく、両手を重ねて膝の上に乗せていた。
ちょっとお前狙いすぎじゃないのかと言いたいところだが、
顎を引き背筋をしゃんと伸ばして真っ直ぐ前を見るその凛とした横顔がなんだかとても非現実な雰囲気を醸し出していたので
僕は思わず言葉を飲み込んでしまった。

「……君、『姫』ってあだ名付けられたことあるだろう」

何故だかバイクが馬車に見えてきた。
笑われるかなと思ったが、きらたまは恥ずかしそうに俯いてしまった。

「どうしてかはわからないのですが……何故か、いつもそんな風に言われます……」
「そんな恥ずかしがらんでも」
「だって……なんだかからかわれてるみたいで」

まぁそりゃそうだけどと僕はちょっと笑う。
笑ってる自分がおかしくて余計に笑ってしまう。
これが超ウケるというやつか。あげあげだな、僕。
使い方合ってるのか知らんが。

「いいじゃないか、姫。女の子にとってこれ以上の称号はなかろうに」
「はぁ……でも、どうして私なんかがそんな風に言われるのか不思議です」
「嫌味やな君。憎たらしいぞ」
「え、えぇ?」

この娘に対する父親の接し方を見てもわかるように、きっと家でもお姫様のように
大事に大事に扱われてきたのだろう。
たぶん最初に『姫』と呼んだのはあのオッサンに違いない。

姫ね。
いいんじゃないの、姫。

293 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/11/03(土) 19:31:58 ID:???
「毒入り林檎食わしてやりたいほど似合ってるよ」
「ふふっ九州さんって面白いですね」

わりと本気で言ったのだが、ひかれる気がしたのでそれは口には出さないでおいた。

……なんか僕、魔女のババアみたいだな。
いいけど別に、それでも。

「よし、じゃあちょっと行ってくる」

そしてきらたまを後ろに乗せて颯爽とサングラスをかけるノワは馬車使いというよりは
どちらかといえばむしろ馬のようであった。
狐っぽいくせに節操のない奴だなと僕は思う。


「あの、九州さん」

ノワがエンジンをかけると、きらたまは思いつめたような目で僕を見た。

「もし……もしよかったらなんですけど……」
「なに?」
「私と友達になってくれませんか?」
「は?」

いきなりなにを言い出すのだ。

294 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/11/03(土) 19:36:38 ID:???
「なんでそうなる」
「なんでって言われても、わかりません。
 ただ、お友達になってほしいなぁって……ダメでしょうか」
「よくわからんが、ダメとかそういう問題じゃないだろう」
「じゃあ……嫌ですか? 私と友達になるのは」

嫌とかそういう問題でもないのだが……。
それにこの流れで「嫌だ」と言ったら僕が極悪人みたいになるじゃないか。

僕が返答に困っていると、きらたまは露骨に悲しそうな表情を浮かべた。

「ごめんなさい……迷惑ですよね、突然こんなこと言われても……。
 私っていつもこうなのです。KYなのです。みっちゃんも、ジェシカも、
 やっぱり今の九州さんみたいに困ってました……」

みっちゃんもジェシカも知ったことではないが、今にも泣きそうなきらたまを
見ていると、なんだか魂のサディスティックな部分がぞわぞわと疼き出してきた。

「そりゃそうだろう。友達なんて、気付いたらなってるもんじゃないのか。
 契約書にサインして、友達ライセンスを発行して、
 年に一回更新したりするもんじゃないと思うが」

僕はただちょっときらたまを嬲りたかっただけで、深く考えて言ったわけではなかった。
しかし彼女にとって僕の言葉は革新的なものだったようで、
きらたまは「そうだったのですか。そうだったのですか」と落雷を受けたように
ぷるぷる震えていた。どうやら本当に今まで友達と呼べる人間がいなかったらしい。
というか本気か、本気でやってるのだろうかこの娘はと僕は僕でショックを受けていた。

295 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/11/03(土) 19:39:31 ID:???
この娘は一体どんな風に育てられてきたのだろうか。

おそらくは座玖屋ファミリーというちっぽけな国で蝶よ花よと愛されて
育ったのだろう。

確かにあんな特殊な環境でまともな感覚が養えるとは思えないが、
しかしいくらなんでも頭ほんわかぱっぱし過ぎじゃないかと思う。

なんだか急にこの良くも悪くも世間ズレした娘に興味が沸いてきた。
俄然沸いてきたぞ。


「ごめんなさい、九州さん。変なことを言って……」
「いや、なにも謝ることはない」
「いいえ、私が間違っていました……」
「間違ってるかどうかはともかく、迷惑ではないから謝らなくていいと言ってるんだ」
「えぇ……?」

きらたまは訝しげに首を傾げて、じっと僕の目を見つめる。

「どういうことでしょうか……」
「僕は君のこと嫌いだなんて言ってないよ」
「え、じゃあ」
「ふむ」


友達か。
いいんじゃないの。
たまには。
気分もいいし。

296 :まりあ ◆BvRWOC2f5A :2007/11/03(土) 19:41:02 ID:???
「わ、私と友達になってくれるのですか……?」

僕の心中を察しかねているのだろう。
きらたまは僕の顔色を伺いながら独り言のように呟いた。

「だから……わざわざ言葉にして確認することじゃないって」
「じゃ、じゃあ……」

僕がきらたまに手を差し出すと、彼女は少しはにかみながら僕の手を握った。
ごきげんうるわしゅう。
はにかみ王女。

それはそれとして。

「よろしくお願いします」

桜色の唇を綻ばせてきらたまが無邪気に微笑む。

「うん、こちらこそ」


──よろしく、プリセンス。




……とは言わなかった。






297 :おいら名無しさんヽ(´ー`)ノ:2007/11/22(木) 15:12:23 ID:???
保守

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