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もし徳川幕府が続いていたら

1 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/14(水) 19:10:23
日本はどうなった

36 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/05(土) 08:50:41
徳川幕府が残った場合多分、史実のイタリアみたいな日和見外交で生き残るしない。

37 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/07(月) 11:05:56
外交は大昔から不得手だから=日本人
勝海舟あたりの心意気が他国に通じればいいが

38 :平山貴士:2007/06/19(火) 01:38:19
大阪が首都になってました。

39 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/21(木) 12:08:54
Yahoo!Tokugawa!? Yahoo!Edo!?


40 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/23(土) 09:42:32
>>38
天皇を敬して近づかずならそれがいいかも

41 :山野野衾 ◆CXSSL1llHI :2007/07/08(日) 23:58:05
>>35
千島・樺太交換条約を締結するでしょうし、多分沖縄は併合するでしょうが、
台湾まで行くか、怪しいですね。
軍備も経済も人口も領土もそこそこ、しかし今の日本よりは主権に対する意
識がある国。

着物や儀礼はどうでしょうね。相変わらず、100年前や200年前の先例
通りに行うような体制であれば、今よりは定着していそうですが。
武家や公家の出仕時の服装、呼び出しに応じた百姓の正装は和服の筈。

以下の政策もなくなるので、信仰風景はかなり変わりそうです。
逆にいえば、現代が江戸時代から変わり過ぎているわけですが。
・神仏分離・・・明治初年以降、本地垂迹説以下の習合を廃止
・神社合祀・・・明治末年以降、神社を一村一社に統廃合し、10分の1に減少させる
・祭神改変・・・昭和16年、国体にそぐわない祭神を改めるよう布告

多分アメリカとの戦争もないでしょうし、神仏分離や神社合祀がなくなった
ことと合わせて、史料も今より残されるでしょう。

42 :名無しんぼ@お腹いっぱい:2007/07/09(月) 15:12:11
第一次、二次大戦には参戦するのかね
英国の言いなりで幕府海軍を派兵しそうな気はする

43 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/10(火) 13:27:02
大陸への野望がなければ、第一次大戦に参戦する意味がないような
第二次…東アジアに独領あったけ?

>>41
動きやすさから現代になると洋装が浸透してるでしょうね
ハレは和装ですか

44 :山野野衾 ◆CXSSL1llHI :2007/07/11(水) 00:47:10
軍服は洋服でしょうね。幕末に一部そうなっていた。歩き方も変わりましょうね。
馬に乗るのが与力以上だけではなくなる。
某仮想戦記小説では、幕府の続いている20世紀日本の軍艦は、やたら意匠がこ
っており、和風の飾りが目立っていたことになっていました。
秀吉が朝鮮出兵の際に飾らせた戦船のようなものですかね。

そういえば、肝心なことを忘れていました。
高層ビルから江戸城や大名屋敷を見下ろすことを許可したり、大名や旗本の
屋敷を一箇所に限定したりしないと、土地が足りなくなります。
卒族になった同心の屋敷でも70〜80坪、士族になった与力の屋敷にもな
ると、500〜600坪にもなりましたからね。
大大名の江戸屋敷だと、下屋敷だけで5000坪を超えた。
与力の場合、普通の町人ではなく、医者や儒者に間借りさせていましたが。

45 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/04(土) 04:46:03
内閣総辞職=内閣総切腹

46 :平山貴士:2007/08/06(月) 12:02:03
安倍は自分で腹も切れない無能力者なんだからサムライ失格だな。
後見人つける必要があるな。
最後は打ち首。

47 :平山貴士:2007/08/19(日) 23:30:16
とは言ってみたものの、これからを思うと哀れ。
森・小泉のツケ払わされたようなもんだからね。安倍は。
さて、もとに戻しますね。
重複しますが
大坂が首都になってました。

48 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/20(月) 10:58:34
徳川幕府が史実タイみたいな外交だけだと発展途上国、せめて史実イタリアくらいに近代化してから日和見外交で生き残れば弱小列強。
イタリア、スペインと同レベルくらいかな。
下手すると大正時代に社会主義革命が起こり、徳川幕府打倒後に共産主義国家の可能性有りだが。

49 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/20(月) 21:06:24
大老や老中幕閣が失脚しても、ハラまで切らなかった。
粛清された例は、田沼と水野くらいしか知らない。前者は濡衣だし後者は独走が過ぎた。
一万石まで落とされたが、タマまでとる粛清では無かった。浪人となる家臣は泣き寝入りしかなかったがね。
テロは別にして、まあ責任所在がしっかりした、日本史上稀に見る体制であったと思う。
薩長土肥が将軍家を滅ぼしたことで、朝鮮との外交が頓挫する。徳川を唯一日本全権と見なしていた李氏朝鮮はヘソを曲げる。
あと知恵だが、せめて慶喜を朝鮮特使に据えられなかったものか?
近代日本は、最初の近隣外交からつまづく事になったたたたたた・・・・ペンペン

これを逆にとって、朝鮮と良好な関係を保てたとする。
体制も中華思想も末期状態の清朝は放っといて、日朝近代化の道を往く。

身分制も揺らいでいた。いずれ徴兵制に踏み切らざるを得なかった。
危険義務は権利の均等を求める。緩やかな民主化が実現できたかも知れんね。
徳川幕府とて鬼ではなかった。老中阿部までは。外様大名との連携と富国強兵にいそしんでいた。
急転回とテロの嵐を呼び込んだ井伊大老が、も少し開明的であってくれたらの想定が好し。


50 :平山貴士:2007/08/21(火) 01:03:53
随分濃密な文・・・勉強になりますです。はい。

51 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/31(金) 13:33:45
>>1
オレは小作農の3男坊として生まれ、すぐに間引かれるか、
もしかすると生まれてなかった。
この国がどうなろうが関係ない。

52 :平山貴士:2007/08/31(金) 23:57:04
国の事は知ったこっちゃないが、
自分自身に対してなげやりになるなよ。
とりあえず、この板をたててくれた事には感謝。
それだけでも生きててくれた価値はある。


53 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/08(土) 11:05:58
あのさ、徳川幕府が続いていたとしても、そもそも慶喜は憲法草案なる
ものを考えていた。それには、入れ札(選挙)でその国の当主を決める
もの・・すなわち、名前こそ将軍かもしれないけど実質は大統領制になって
議員も選挙によって選ばれる物になったと思う。むしろ、今のような
どろどろ金との癒着ってのが、もう少しない世界になってたかもしれん。
 軍はあったとおもうけどねぇ・・・。あんがい、太平洋戦争とか無かった
かもしれないな。 要は官軍の馬鹿たれどもが、血気盛んに幕府をほろぼして
不用意な人殺しをやってしまった人たちが作った国なのよ。今の世はさ。
最低だとおもう。官軍

54 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/08(土) 13:15:33
徳川家の政策って鎖国の延長だろうから
海外進攻は考えづらいかな
どちらかと言うと一国平和主義…どこかで聞いたことがあるが

明治政府の朝鮮進出は太閤の施策と発想のもとは同じ
武力の捌け口さがし

55 :B@a:2007/09/10(月) 09:14:11
[映画 ベクシル]でググれカレー

56 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/11(火) 20:28:11
徳川幕府の本当の癌は旗本八万騎であり、彼らの上に先進的な君主や宰相が居ても何もかわらないだろう。
その点農業や医者等兼業の下級武士が多い薩長が天下を取った事は大きい。

57 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/13(木) 11:07:35
朝軍に殆ど反抗しないところを見れば旗本八万旗は日和見というか従順というか
逆に言えば幕閣の改革に反抗するほどの気力もないでしょ

58 :ドン・ウーゴ ◆eaYqa3SeLE :2007/09/17(月) 23:09:51
自分じゃ何もしない癖に文句だけは一人前に叫び続ける厄介な抵抗勢力って多いじゃん

59 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/17(月) 23:24:13
特亜に稼ぎを横取りされる国にはならなかったな。

60 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/19(水) 15:43:55
>>56
身分制度の事だろうと思うが、それは幕府だけの事ではない。
幕末期すでに旗本八万騎の体制は崩れており、幕府が新たに作ろうとしてた軍隊は
当時日本では最先端の徴寡兵主体の近代軍。
部隊指揮官レベルまでは能力主義が結構浸透していたが、幕府敗北の原因は司令官
クラスが身分制度に縛られ無能であった事。
もし幕府軍が勝利いれば、慶喜はその直轄近代軍を背景にし薩長以上に改革が進んだ
でしょう。


61 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/19(水) 22:50:46
戊辰役戦史読み直してるが、鳥羽伏見あたりの幕軍高級指揮官のすっとこどっこい振りは確かに目も当てられん。
薩長に負けるような奴らに日ノ本の守りを任せるわけにはいかんよなあ。確かに。
衝鋒隊の古屋とか庄内の酒井玄蕃とか請西の林とか無論桑名の立見とか、現場指揮官レベルなら正真正銘の名将もいるんだが…

62 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/20(木) 09:49:45
そうですね。
鳥羽伏見あたりは俺が司令官やっても負けなかったろうw
竹中重固あたりは知識も実戦経験も当時では一流だろうが、指揮ぶりは無茶苦茶。



63 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/08(月) 22:37:23
下士官クラスが一番優秀なのは今も昔も変わらんのか

64 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/15(月) 20:06:47
ヨーロッパに習った軍隊は違うな。魅力を感じる。

65 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/16(火) 23:14:22
まず江戸城はそのまま徳川のものだから、天皇は京都にいるまま
よって首都は京都で変わらず。

66 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/18(木) 19:45:45
日和見外交で徳川幕府が生き残れるか、例え生き残ってもタイみたいな途上国の悪寒、技術力はオスマントルコ帝国より後進国だと昔のイギリスの世界史教科書の和訳本に書いてあった。

67 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/18(木) 23:10:57
強権支配で無いと、あの時代は乗りきれなかったからねぇ。
竜馬の平和協調路線も捨て難いが、戊辰戦争って淘汰圧を
乗り越える必要があったかも。
東西どちらが勝つにせよ。


強権は別にして、徳川宗家を中央から遠ざけたのは悔やまれる。
対朝鮮代表部として、抜擢して欲しかった。
日本の近代外交は、のっけからつまづく事になる。


68 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/19(金) 00:44:49
ようは清帝国が大陸でロシア帝国を食止めてくれて、日本は清帝国、ロシア帝国双方と協調で極東は3国でバランスなら、イギリス、フランス、アメリカは文句は言わないだろう。

69 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/19(金) 15:46:09
清国がどれだけ大人になれるかによるんだけど

清国ー朝鮮ー日本のラインに英国が協調すればなんとかなるのじゃ

70 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/21(日) 00:42:43
だな、大陸国家の清帝国がロシア帝国の南下を食止めて、海洋国家の日本が海から支援なら史実より軍事費の負担が少なくて済みそうだがな。

71 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/22(月) 09:10:15
天皇が江戸に来たから、東の京ってことで「東京」となったわけなんで、
江戸にこないとすれば、東京と改名することもなく、いまだに「江戸」のまま

したがって東京駅はなくて、江戸駅
しかもあんな丸の内ではなくて、もうちょっと別の場所に作られたことだろう
旧汐留駅(現シオサイト)がそのまま大ターミナル駅として今も続いてるんだろうか

72 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/22(月) 23:58:25
地下鉄丸の内線の「国会議事堂前」駅は、
「井伊家上屋敷前」駅だろうな、きっと

73 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/22(月) 23:59:23
紀尾井町はどうなるのやら

74 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/23(火) 00:00:41
東京ドームは水戸藩のものでつ

75 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/23(火) 00:02:41
エドドームだろ?

76 :山野野衾 ◆CXSSL1llHI :2007/10/23(火) 15:52:05
江戸を東都と呼ぶことは、江戸時代から行われていましたね。
19世紀後半に対外意識から江戸を「東都」と改称して、「江戸は地名で東
都は機能の名称であるから、江戸は健在である」と言われるようになるやも。
東都電波塔、東都円形競技場、東都電影局、東都ミュウミュウとなる。

京都が已然都であるという説と同様、東京の地名は江戸のままだという説が、
実際に明治以降何度か口にされていますから。

77 :奇矯屋onぷらっと ◆O.K.H.I.T. :2007/10/24(水) 00:24:58
洛。

78 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/27(土) 09:36:24
お堀の上に高速道路を建設するなんてことは
まかりならんことだっただろう
それにお堀の埋めたても許可されなかっただろうから
今でもきっと東京駅(江戸駅か)の駅前にはお堀があったことだろう

79 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/27(土) 20:49:19
世界から取り残されて列強の植民地だろ

80 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/28(日) 00:39:23
いや、幕臣がそのまま陸海軍になったであろうから、
軍事力は史実より上をいったにちがいない。
日露戦争ももっと軽々と済ましたであろう

81 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/28(日) 00:59:12
第三新江戸市

82 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/29(月) 18:12:18
日本で始めての軍隊は幕府歩兵隊

83 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/29(月) 23:13:48
江戸時代が続いても、拙者はニートで早漏。
そして自宅警備員改め自宅奉行。

そんな歴史ヒューマンドキュメント

84 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/30(火) 03:53:04
>>80 無知のくせに藤沢さんバカにしすぎ
  兵器、人口、軍資金、どれをとっても
日露戦争で勝ったのは奇跡だから


85 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/30(火) 10:18:08
幕府というか徳川を中心とする政体がつづいてれば
日清戦争も 日露戦争もないってば
あるとすれば 清露戦争とか

86 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/31(水) 12:49:30
神君家康の再来と呼ばれた慶喜。
頭が良すぎて江戸幕府終了。

ただ慶喜の判断は正しかった。
江戸幕府で世界とは戦えなかったろう。

87 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/03(土) 00:35:43
お召し列車が、皇室用と将軍用の2種類あって、

鉄ヲタには楽し〜い世界であろう。

88 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/03(土) 16:52:25
徳川幕府の場合日仏同盟は有りそうだな、その代わり日英同盟があるか、史実より共産主義や革命に弱くなるから、多分社会主義革命で徳川幕府廃止、徳川家一族は下手したら共産主義革命で殺されたかもな。
徳川家では天皇家ほどカリスマが無いし。

89 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/03(土) 16:56:39
多分第一次大戦頃に、国内困窮と大名達や徳川家に対する不満が爆発で革命が江戸、大坂で勃発、徳川将軍が大君退位、江戸に人民共和国樹立、こんな感じで革命だな。

90 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/03(土) 16:57:57
維新以後の天皇のカリスマ性は政府が作り上げたもんじゃないの?

91 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/03(土) 17:02:45
山県らが考えた事だね

92 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/03(土) 17:28:30
江戸末期というのは民衆レベルで不満が内在+幕府が組織疲労を起こしてたのかな?
単に、航海術の発達による外国勢力の接触(侵攻)に幕府が対処を取れなかっただけの気も。
もっと積極的に海外へ使節団でも派遣してゆるやかに開国を行っていけば・・・

と言ってみる。

93 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/03(土) 17:33:21
京都の情勢とか水戸の騒動を見ていると、押さえが利かなくなったとは思うけど
局地的で全体ではそれほど乱れていないと思うよ

ゆるやかな開国いいね

94 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/03(土) 17:44:48
まあ、チャンスだったんだろうね。
特に波乱・混乱は、下にいる者にとっては・・・外国なんて実はどうでもよかったのかもw

95 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/03(土) 20:22:29
逆に言えば維新が収集のつかない内乱状態になって長引いたら、それこそ外国勢力にとっては
ウマーだったのかも、

96 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/05(月) 13:27:59
そうすると維新最大の功臣は慶喜というのことに
これは洒落だが

結果的には内乱が長引かず 諸外国は手が出しづらかったとは 言えると思う

97 :B@a:2007/11/22(木) 08:06:22
[徳スポ速報]国会の鐘に謎の碑文発見
雄福  康田 (雄雄しく福与かなりて健康な田畑) 
三 晋部 安 (三人の晋族が部落を安らかにせり)

98 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/02(日) 09:52:41
おいらのご先祖は、商人ながら帯刀をゆるされた郷士だそうだ。
農地もたくさんもってたようだし、
今よりよっぽど裕福な生活が約束されてたろう。
若旦那とか言われて芸者にモテたかもな。
妄想はつきない。

99 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/02(日) 11:59:16
結節点が二つある。
井伊大老の強行政治、戊晋戦争での勝敗。
前者が無ければ、無血で緩かな国内改革。
後者で薩長が負ければ、疲労困廃した幕府の国土切り売り外交。

まぁ緩いっても、総武家抵抗勢力となって旧態依然の日本だろうが。総石高、総兵力を統合できれば良い。
欧州でも長く貴族階級が将校の供給源だったし、アメリカでもそれなりの家系がオブス=ノリッジを維持してる。
理想平等を鵜呑みにしすぎ、奇兵隊まで粛清し、百姓兵ばかりで苦戦するのは直後の西南戦争から。
日本の階級抗争は、21世紀まで後遺症を遺してる。理想が高すぎると、あんまイクナイとの教訓だね。


100 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/02(日) 21:45:27
100だよ〜ん。

101 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/03(月) 00:36:48
なるほど、欧州の場合貴族=地主、資本家=農民、労働者、だしな、日本の士農工商からどう欧州式の身分階級に再編成と改革するかが課題だな。史実の理想論に騙されて福沢諭吉先生も欧州北米の現実を読めなかった訳か。
天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず=マルクス&エンゲルス主義者の主張だなおい=福沢諭吉先生の理想社会があの悪名高いソビエト型社会主義だからな。
ロシア帝国を手本に出来ないかなあそこくらいなら改革は少なく済みそうな感じだがな。

102 :進一 ◆YD3Y7Y6hlQ :2007/12/03(月) 18:29:59
ぬるぽ

103 :B@a:2007/12/05(水) 21:34:35
皇幕合作...もといガッ!!策で攘夷達成!

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